ロサンゼルスの公立校は新学期。市内の交通量は増え、見慣れた光景に戻った。レーバーデー(労働者の日、今年は9月2日)までが夏とされるが、全米の幅広い地域で夏休みは終わった。この時期に市場注目のイベントが米ワイオミング州ジャクソーンホールで開催される。1978年にカンザスシティー地区連銀のローカルイベントとしてスタートした年次会議は、釣り好きの米連邦準備理事会(FRB)のボルカー議長(当時)を招くため、フライフィッシングを楽しめるジャクソンホールに開催地を移した。ニューヨーク・タイムズ紙は、1989年のグリーンスパンFRB議長(当時)の講演をきっかけに、世界の中央銀行関係者115~120人が集う金融政策ニュース発信の重要イベントに様変わりしたと伝えた。
米地区連銀の総裁、世界の主要中銀の政策担当者を相次ぎCNBCやブルームバーグTVがインタビューするが、投資家の圧倒的な関心はパウエル議長の基調講演。23日の20分弱のスピーチの前半、パウエル議長は「政策を調整する時がきた」と述べた。「方向は明らかで、利下げのタイミングとペースは、今後発表されるデータ、見通し動向、リスクのバランス次第」として、利下げ着手時期と利下げ幅の明言は避けた。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、労働市場の脆弱化を受け利下げ着手を宣言したと報じた。投資家は9月の利下げを予想済みだったが、23日の米株価指数は大幅上昇、米国債利回りは低下するなど大きく反応したとしている。ワシントン・ポスト紙は、FRBが9月会合で利下げ幅を典型的な0.25%ではなく、より積極的な0.5%にするかが今後の課題になると解説した。米金利先物の値動きから米金融政策を予想するFedウォッチでは、パウエル議長が講演した23日時点で年内あと3回の連邦公開市場委員会(FOMC)で計1%の利下げがある確率が高い。2025年は7月までにさらに4回の0.25%利下げがある可能性を示唆している。
米株式市場の相場環境は1995年と類似しているとの指摘がある。インフレ鈍化とソフトランディング(軟着陸)がテーマで、当時のグリーンスパン議長が利下げに舵を切った年。マーケット・ウオッチによると、ウェルズ・ファーゴのストラテジストは、株高が加速した1995年のサイクルと共通点は多く、利下げ開始後の数四半期のロードマップになる可能性があると指摘した。パウエル議長の講演をきっかけに、市場のボラティリティーが高まるとの予想もある。ケンブリッジ大学クイーンズカレッジ学長で、独保険大手アリアンツのアドバイザーである著名エコノミストのモハメド・エラリアン氏は、23日付のフィナンシャル・タイムズ紙に寄稿、パウエル議長のピボット(方針転換)で早いペースの利下げ観測が広がったと指摘、今後数カ月は市場のボラティリティーが高まるリスクがあるとの見方を示した。
パウエル議長は、インフレリスクは後退する一方で労働市場のリスクが高まりバランスは変わったと強調した。次回FOMCは9月17~18日。9月6日発表の雇用統計や5日発表の週間ベースの新規失業保険申請件数など雇用関連指標への注目度がインフレ統計以上に高まるとみられる。9月の利下げ幅は0.25%か0.5%か。その後のペースはどうか。投資家の思惑が当面の金融市場を動かしそうだ。
(このコラムは原則、毎週1回配信します)
福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。