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経済対策が経済停滞を招く ノーベル賞経済学者ハイエクはYouTubeで何を警告したか?(木村貴の経済の法則!)

記事公開日 2024/10/11 11:30 最終更新日 2024/10/11 12:59 景気対策 中央銀行 バブル 財政政策 木村貴 石破茂 木村貴の経済の法則! ケインズ

【QUICK解説委員長 木村貴】以前のコラムで述べたように、英経済学者ケインズの考えは、インフレや財政危機の原因になった面があるとされる。こうしたケインズの考えを厳しく批判した経済学者がいた。オーストリア出身のフリードリヒ・ハイエクだ。

景気刺激は薬ではなく毒

ケインズとハイエクの意見の違いは、YouTube(ユーチューブ)の人気動画「ケインズvsハイエク」(日本語字幕付き)がわかりやすい。コメディアン扮する2人の経済学者が、ラップに乗せて自説を展開し、相手の説を批判する。それぞれの立場を一言でいえば、ケインズは「市場には介入が必要」であり、ハイエクは「市場には自由が必要」というものだ。

現実の世界でも同時代人だった2人は、好景気と不景気について論戦を交わす。まずケインズによれば、経済が不景気に陥ったとき、カギは消費だ。「長期的には皆死ぬ」のだから、節約に努めて貯蓄することなど忘れ、政府のテコ入れで消費を増やすことが最優先となる。「パーッと使えば経済順調」なのだ。

消費をパーッと増やすためには、金融政策と財政政策の「どちらも正解」という。ただし金利がゼロ近くに低下して金融政策の効き目がなくなる「流動性のわな」の状態に陥った場合、財政政策の出番になる。公共事業も、穴を掘るのも、戦争も同じ成果が見込める。政府が支出を増やすために借り入れをしてもいい。ケインズは、自著『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年刊)は「巷で大流行」し、「経済学の役割を大改革」したと自画自賛する。

これに対しハイエクが反論する。ハイエクによれば、ケインズは景気対策がもたらす変化の実態を隠している。景気対策を大義名分にして、政治家と癒着した企業や銀行を税金で救済する。残るのは「負債とゾンビ企業」だ。また、消費を重視して貯蓄を軽視するケインズを批判し、「まともな投資は貯蓄から」と強調する。

続いてハイエクは、景気対策そのものに矛先を向け、「君(ケインズ)は不況に注目するけど、バブルのほうこそ問題さ」と指摘する。ケインズによれば好景気やバブルは企業家の「アニマルスピリット(血気、野心)」が生み出すものだが、ハイエクの考えは違う。好景気と不景気のサイクルは「低金利のせいだ」。中央銀行による金利の引き下げが原因なのだ。

利下げで世の中に出回るお金が増えると、本来なら採算に乗らない「バカな投資」が増え、「経済を破壊」する。低金利で貯蓄の意欲が衰え、消費が過剰に増えると、資材や人材が無駄遣いされ、足りなくなる。すると物価が上昇し、それを食い止めるために金利を上げなければならなくなる。「金利が上がりバブル崩壊」である。

要するに、利下げが生み出すバブルは「幻の繁栄」にすぎず、貴重な経営資源の無駄遣いでしかない。景気悪化をさらなる利下げで食い止めようとするのは、二日酔いを治すためにまた酒を飲む迎え酒のようなもので、根本の解決にならないばかりか、むしろ事態を悪化させる。ハイエクは、輪転機を回してお札を刷るような金融緩和をやめなければ経済恐慌が襲うと警告し、「景気刺激は薬ではなく毒」だと言い切る。

動画のケインズは英国紳士らしいりゅうとした身なりで、有名経済学者の自信にあふれているが、バブルの宴で飲みすぎ、トイレで二日酔いに苦しむ。一方、ハイエクは見た目のぱっとしない無名人だが、冷静でどんちゃん騒ぎには加わらず、苦しむケインズを介抱する。動画はどちらが論戦の勝者か宣言はしないものの、ハイエクに軍配を上げているのは明らかだ。

現代経済学は「見せかけの知」

しかし現実の世界では、ケインズが1946年に62歳の若さで亡くなった後も、その主張は力を増し続けた。ケインズの理論は、政府が経済対策で目先の景気を上向かせ、親しい企業に事業をたっぷり発注するとともに、有権者にアピールするうえでおあつらえ向きだったからだ。たとえその対策が、経済にゆがみをもたらし、将来インフレやバブルの崩壊、政府債務の膨張、経済危機を招くとしてもである。

ハイエク

ハイエク(wikipedia.org

ケインズの人気とは裏腹に、市場経済の自由を強く支持する「オーストリア学派」に属し、ケインズの介入主義を批判したハイエクの名は長らく忘れ去られていた。一躍脚光を浴びたのは1974年、75歳でノーベル経済学賞を受賞したときだ。受賞理由の一つは経済変動理論、つまり好景気と不景気の理論だった。

ケインズ経済学が長らく隆盛を誇った影響で、ノーベル経済学賞を受けた経済学者の多くは政府の介入を説く傾向が強く、市場経済の自由を強調する学者はハイエクを含め数えるほどしかいない。ノーベル経済学賞自体、1901年に始まった本来のノーベル賞とは違い、はるか後の1968年、スウェーデンの中央銀行であるスウェーデン国立銀行が設立300周年を記念してノーベル財団に働きかけ、創設された経緯がある。中央銀行の金融政策を批判する経済学者には授与しにくいだろう。

その意味で、ハイエクの受賞は驚くべき出来事だったが、ハイエクが行った受賞スピーチはさらに驚くべきものだった。政府介入を推奨する経済学者の態度を根底から批判する内容だったからである。

ハイエクは冒頭、当時世界で進行していた「急速に加速するインフレという深刻な脅威」(野崎亜紀子訳)に警告を発した。この事態について経済学者は今発言を求められているが、残念ながら答える資格はない。なぜならこのインフレ自体、「大多数の経済学者が推奨し政府にたいして強く迫りさえした数々の政策がひきおこした」ものだからだ。ハイエクは「われわれ経済学者は、職業集団として、大失敗をやらかしてしまった」と辛辣に述べる。

ハイエクによれば、現代の経済学が大失敗に陥った原因は、その方法論にある。一言でいえば、自然科学の方法を真似ようとしたのが間違いだったのだ。

経済学は20世紀以降、自然科学、とりわけ発展著しい物理学の形式を熱心に模倣してきた。現代の経済学論文は記号や数式で埋め尽くされている。少なくともその見てくれは、あたかも物理学と同格の厳密な科学であるかのようだ。

しかしハイエクにいわせれば、それは物質を対象とする自然科学のやり方を、人間を対象とする経済学に機械的かつ無批判に適用する態度でしかない。ハイエクはこの誤った態度を「科学主義」と呼ぶが、それは呼び名とは裏腹に、「言葉の真の意味において決定的に非科学的な」態度に他ならない。ハイエクは、科学の外見だけを模倣した現代経済学を「見せかけの知」とこき下ろす。

相も変わらぬ政府の介入

実際、物理学が貢献した宇宙開発や半導体などの輝かしい成果に比べ、現代経済学の実績はお寒い限りだ。ノーベル賞経済学者のおかげで庶民の生活が楽になったとか、株や土地のバブルを防ぐことができたとか、途上国の貧困を減らすことができたとかいう話は聞いたことがない。

それどころか、1997年に共同受賞したマイロン・ショールズ、ロバート・マートン両氏が経営にかかわった投資ファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は、同年発生したアジア通貨危機による市場の変化を読み誤り、破綻した。100年に1度といわれた2008年のリーマン・ショックやその後の世界的な金融危機を事前に予測した経済学者は、ほとんどいなかった。

それにもかかわらず、経済学は今も権威として崇め奉られる。バブルの清算を先延ばしして経済の停滞を長引かせ、インフレを引き起こす政府の経済対策にお墨付きを与えている。

石破茂首相は、植田和男日銀総裁(経済学者出身だ)と首相就任後、初めて面会した後、記者団に「個人的には現在、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」との認識を示した。一方で、衆院解散を受けた記者会見で、賃上げと投資がけん引する成長型経済を実現するための経済対策の実行を全閣僚に指示したと述べた。要するに、相も変わらず、金融財政の経済対策を継続強化するつもりだ。

衆院総選挙の結果がどうなろうとも、市場経済に介入し、自律的な発展を妨げる経済対策をやめない限り、日本経済の停滞は続くことになるだろう。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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