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稀代の自信家 人類を分断した男 ジェイ・パウエル【中】(フィデリティ投信 重見吉徳氏)

記事公開日 2024/10/9 16:00 最終更新日 2024/10/9 16:15 米国・欧州 為替・金利 米金利 フィデリティ FRB

自由民主党の総裁選挙では、決選投票で石破茂氏が総裁に選ばれました。

来る総選挙を経て、①石破政権が続けば、あるいは、②現在の野党第1党が政権をとるとしても、確実視されるのは、日銀の金融引き締めと消費税の引き上げです。これら2つは日本経済を弱くするでしょう。株価はまた別の話ですが、日本経済は、停滞か、スタグフレーションに向かう可能性があるでしょう。

稀代の自信家、ジェイ・パウエル。どの口が!?

3週間前、米連邦公開市場委員会(FOMC)は0.5%の利下げを決定しました。FOMCはこのほか、このほか、年内に追加で0.5%、来年2025年に1%、再来年2026年に0.5%の利下げを実施した上で、政策金利を中立水準付近(2.9%)に誘導する見通しを示しました。

パウエル議長は記者会見で、次のように述べました。共通するキーワードは「自信」です。

  • 「本日の決定は、政策スタンスを適切に修正すれば、労働市場の強さが維持されうるというわれわれの高まりゆく自信を反映するものである。」:This decision reflects our growing confidence that, with an appropriate recalibration of our policy stance, strength in the labor market can be maintained in a context of moderate growth and inflation moving sustainably down to 2 percent.
  • 「インフレ率はいまや、われわれの目標水準に近く、われわれは、インフレが持続的に2%に向かっていくことに以前よりも大きな自信を持っている。」:Inflation is now much closer to our objective, and we have gained greater confidence that inflation is moving sustainably toward 2 percent.
  • 「われわれは、これ(筆者注:四半期見通しで示したような着実な利下げ)に向けて、良好かつ、力強いスタートを切れた。これは、率直に言って、インフレ率が下がっていることについてのわれわれの自信の証だ。」:We made a good, strong start to this and that’s really, frankly, a sign of our confidence. Confidence that inflation is coming down toward 2 percent on a sustainable basis.
  • 「われわれは、待ち続けてきたし、インフレ率が2%水準に持続的に向かいつつあることへの自信という形でその忍耐は真に報われた。」:We’ve waited and I think that that patience has really paid dividends in the form of our confidence that inflation is moving sustainably under 2 percent.

このように、パウエル議長は、「インフレが鈍化していくという未来の見通し」について、確固たる自信を持っていました。

しかし、「どの口が!?」という話です。

パウエル議長率いる現在のFRBは、2021年に大失態を演じており、米国のみならず、全世界の一般庶民から購買力を奪っています。

「その責任も取らず、謙虚にもならず、失敗からも学ばない、そして、いままた、われわれがさらに困窮する可能性のあるインフレのリスクを冒そうとしている、それが現在のFRBではないか」とだれかが言うかもしれません。以下に、深堀りしましょう。

大失敗を冒したパウエル氏率いる現FRB

パウエル議長率いるFRBの面々は、2021年に「インフレは一時的」と強弁し続け、1970年代のFRBに比肩する、大失態を演じました。

【次の図】は、「政策金利の1年前からの変化幅」と、「失業率の1年前からの変化幅+PCEコア・インフレ率の1年前からの変化幅」とを比較したものです。失業率に関しては数値が低くなると「景気が良くなる」ために、「失業率の1年前からの変化幅」にマイナスを掛けています(→言い換えれば、現在の失業率から1年前の失業率を差し引くのではなく、1年前の失業率から現在の失業率を差し引き、「景気が良くなる」とプラスになるように変更しています)。

つまり、米景気が強くなった(弱くなった)ことに対して、FRBが政策金利の引き上げ(引き下げ)でいかに対処したのか、という「FRBの政策反応(関数)」を追いかけたものです。

【上の図】の【右手】の新型コロナウイルス・パンデミック以降の局面をみると、インフレ率の上昇および/もしくは失業率の低下に対して、FRBによる政策金利の引き上げがずいぶんと遅かったことがわかります。

パンデミック直後の巨額の金融緩和や財政出動については「インフレを招く過剰な政策であったが、事前にはわからず、やむを得なかった」とみなすとしても、事後的な政策対応においては、早急な引き締めを行うことで、過剰な金融緩和や財政支出を相殺すべきだったでしょう。

こういうと、パウエル議長らは、「あのインフレは、供給サイドからのもので、引き締めで対応すべきものとは考えなかった」と言うかもしれません。

しかし、①【上の図】をみれば、供給ショックに見舞われた1970年代でさえも、これほど引き締めが遅れたことはありません。

そして、②1970年代の教訓は「たとえ、インフレが供給サイドに起因するショックであっても引き締めを怠れば大きなインフレに見舞われる」というものであったはずです。

【先の図】で示した(失業率やインフレ率の変化に政策金利を対応させるような)金融政策の『ルール』は、たとえ、金融政策を知らない人が、米国の金融政策を任されたとしても、そのとおりに実行することができるものです。

逆に言えば、2021年当時のFRBは、かなり『裁量的』だったと言えるでしょう。異例の利上げの遅さが、「バイデン政権からの圧力や有力な企業や投資家からの要請」であったかどうかはわかりません。

「人類を分断した男」?

パウエル氏率いる現FRBの大失態の結果として、世界経済は大きなインフレに見舞われました。

インフレは米国のみならず、日本を含む、世界の一般庶民は購買力が低下し、貯蓄が減るか、外食その他の支出を減らさざるを得ない状況が続いています。米国では公表されるインフレ率と家計が体験しているインフレ率は大きく異なるとも言われます(⇒後者がより高い)。

物価だけではありません。

金融資産価格は大幅に上昇し、不動産価格も上昇したことで、現FRBが作り出した「大インフレ」は、世界の富裕層をいっそう豊かにし、金融資産や不動産の保有額が小さかったり、保有していなかったりする一般庶民との保有資産の格差をいっそう広げ、社会の分断は深まりました。

『人類を裏切った男』という書籍がありましたが、ジェイ・パウエルをモデルに『人類を分断した男』という書籍を書くライターが現れるかもしれません。

パウエル議長や彼が率いるFRBは世界経済を左右する力を持っており、筆者のようなアナリストが見通しを間違えるのとは影響力が全く異なります。

それでも、彼らは誰一人として責任を取っていません。

それどころか、パウエル議長は2024年8月のジャクソンホール会議では、次のような内容のスピーチを行いました。

  • パンデミック後に、われわれは「インフレは一時的」と考えた。ただ、主流派アナリストや主要国の中銀などの人たちも「インフレは一時的」と言っていた(⇒筆者注:「インフレは一時的」と言ったのはわれわれだけではない。⇒ありうべき反論:だからといって、責任を免れるわけでは決していない。冗談を言うべきときでもない)。
  • (パンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、中国の新たな長期ロックダウンなど)インフレの性質は1970年代以降のどの時期とも異なるものだった(⇒筆者注:こんなインフレは経験がないものだった。⇒ありうべき反論:歴史を知らないだけだ。歴史を知らずして、金融政策を担うべきではない)。
  • インフレ率上昇の大部分は、過熱し、一時的に歪んだ需要と、制約された供給との間の異常な衝突によるものであるとの見方がコンセンサスになっている(⇒筆者注:インフレは振り返れば、結局(やはり)、特殊かつ、一時的なものだった。⇒ありうべき反論:2021年11月には「インフレは一時的なものではなかった」と転換したが、結局、「一時的」だと開き直っている)。

たしかに、パウエル議長は、同講演で、「今般の大インフレが、ストレスと不平等の意識/感覚(sense)をもたらした」と述べています。しかし、上に抽出した主要な主張を含め、自らの非は一切認めません。

たしかに、米連邦議会議員の多くは公聴会等の機会でパウエル議長を批判してみせます。しかし、「彼ら(連邦議会議員たち)の多くは、結局のところ、党の左右を問わず、株高で懐が豊かになる大企業やその経営者たちから巨額の献金を受けるエスタブリッシュメント(エリート)であり、一般庶民の立場に立っているフリをしているだけではないのか」ということこそが、今回の大統領選挙における真の争点になっているわけです。

経済は「堅調」なのに利下げすれば、需給が崩れる

他方、パウエル議長は、同じ記者会見で、米国経済や労働市場について、堅調もしくは力強いと強調します。

  • 「もう一度お伝えすると、労働市場は実際のところ、堅調な状況にあります。本日の(0.5%の利下げ)決定を含むわれわれの政策意図は、労働市場を堅調な状況に維持することにあります。もちろん、経済全体に対しても同じことが言えます。米国経済は良い状態にあります。米国経済は堅調なペースで成長していますし、インフレは鈍化していて、労働市場は堅調です。われわれは経済を現在の状態に保ちたいと思っています。それが、われわれが行っている取り組みなのです。」:So, again, the labor market is actually in solid condition. And our intention with our policy move today is to keep it there. You can say that about the whole economy. The U.S. economy is in good shape. It’s growing at a solid pace, inflation is coming down, the labor market is in a strong pace, we want to keep it there. That’s what we’re doing.

経済が「堅調」であれば、①総需要と総供給、あるいは労働需要と労働供給はバランス(均衡)している、あるいは、②需要が供給を上回っている状態ですから、利下げは必要ないはずです。

むしろ、上記①や②の状態において、利下げをすれば、需要が増えて、経済は均衡から遠ざかってしまい、インフレのリスクを冒すことになりますから、「経済を現在の状態に保ちたい」という言葉とは全く矛盾します。

インフレは収まったのか?

また、現在のインフレ率は、【次の図】のような状況であり、インフレ率は2%に向かっているというよりも、「2%台後半あたりでランダム・ウォーク状態」にあるようにみえます。

たしかに、ほかのインフレ指標では鈍化しているものもあります。しかし、なにかひとつの反例があれば、インフレが鈍化していない可能性について、注意を払うべきと筆者は感じます。

パウエル議長の今回の記者会見を評して、どこかのアナリストは「スキーのジャンプで言えば、まだ、着地していないのに、『着地した』と言っているようなものだ」とコメントしていましたが、的を射た表現です。

1974年再来の目は残っている。

インフレが収まっていない中での利下げは、1974年を想起させます。

1974年、FRBは失業率が上がり始めたことを受けて、利下げします。ただ、インフレの圧力は残っていたために、早すぎる金融緩和がインフレに火をつけます。

 

(次週につづく)


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著者名

フィデリティ・インスティテュート マクロストラテジスト 重見 吉徳

20208月、フィデリティ投信入社。農林中央金庫や野村アセットマネジメントにて外国債券の運用に従事。アール・ビー・エス証券にて外国債券ストラテジストを務めた後、2013年に J.P.モルガン・アセット・マネジメントに入社。個人投資家や金融機関、機関投資家向けに経済や金融市場の情報提供を担う。昭和の歌が好き(演歌・洋楽を含む)。


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