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減税は「バラマキ」という嘘 政府の施しではない!(木村貴の経済の法則!)

記事公開日 2024/11/1 11:30 最終更新日 2024/11/1 11:30 国債 米大統領選 減税 木村貴 インフレ税 衆院選 木村貴の経済の法則!

【QUICK解説委員長 木村貴】経済政策に関するニュースで、「バラマキ政策」がよく批判される。補助金や給付金をバラマキと呼ぶのは正しい。ところが時々、減税が一緒くたにバラマキとして非難されることがある。これはおかしい。

最初から取らないだけ

東京新聞は米大統領選を取り上げた10月20日の記事に「チップ非課税に、残業代も…中南米系の票巡り「バラマキ」合戦に」という見出しを掲げた。ネバダ州で前回敗れた共和党候補のトランプ前大統領が巻き返しを期し、サービス業従事者が多い中南米系の票をつかもうと、チップや残業代の非課税化という減税策を表明した。これに対し民主党候補のハリス副大統領も同様の公約で対抗するなど「バラマキ合戦の様相を呈している」と報じている。

チップや残業代の非課税化は「バラマキ」だという。これは正しいだろうか。イメージで考えてみよう。「ばらまく」で画像検索すると、たくさんのお札を抱え、笑顔でばらまく人物が出てくる。バラマキ政策で、この気前のいい人物にあたるのは政府だ。他人から取った税金をまるで自分のお金のような顔をして振りまくとはずいぶん面の皮が厚いが、とにかく、多くの人や企業に配る補助金や給付金は、まさにこのイメージどおりのバラマキである。

しかし、減税はどうだろうか。減税とは、一度取ったお金を配るのではなく、単に最初から取らないということだ。そうだとすれば、気前のいい政府がお金をばらまこうと思っても、手元には何もないのでばらまけない。つまり、減税をバラマキと呼ぶのは間違っている。

たまたま東京新聞の例が重なるが、同紙は8月15日の記事にも「定額減税、補助金…岸田政権バラマキ連発」と、減税をバラマキとみなす見出しをつけていた。記事にもあるように、「増税メガネ」と批判された岸田文雄首相(当時)が昨年秋、物価高対策として住民税・所得税で3兆円規模の定額減税を打ち出したものの、突然だったうえ事務手続きが複雑なことから、経営者には不評だった。だからといって、減税をバラマキと呼ぶ理由にはならない。

「そんなの、どっちだっていいじゃないか」と思う人がいるかもしれない。けれども、減税をバラマキと呼ぶか呼ばないかは、ささいな問題ではない。「デフレ」を「不況」の意味で誤って使ったために経済政策に混乱を引き起こし、市民を物価高で苦しめているように、減税をバラマキとおとしめれば、納税者自身の首を絞めることになる。

財産権をなめるな!

減税を補助金や給付金と一緒くたにするメディアや論者が多いのは、日本に限らない。米国でもそうだ。たとえば、住宅ローンの利子控除、投資に対する税額控除、州税や地方税の控除など各種の税控除が「補助金」と呼ばれ、非難されることがある。経済学者マレー・ロスバードは、それはおかしいと指摘する。

ロスバードはこう説明する。これら税控除の本質とは、住宅所有者、投資家、州や地方の納税者といった一部の人々が、課税された場合よりも自分のお金を多く持てるよう、政府によって気前よく許されているということだ。苦労して稼いだお金を多く持つよう許されるのは、本当の意味での補助金ではない。そうでなかった場合よりも搾取される額が少ないということを意味するだけだ。

ロスバードは続けて、秀逸なたとえ話をする。「道路で強盗に襲われ、全財産を持ち逃げされそうになって、強盗を説得してバス代を少し残してもらったとしたら、強盗は「補助金」を出してくれたのだろうか。もちろん違う。自分で稼いだお金を持たせてもらっても、補助金とは呼べない」

政府を強盗にたとえるとはけしからん、と怒る人は、権力の恐ろしさを知らない。法の側面から考えてみよう。キーワードは「財産権」(私的所有権)である。

憲法とは権力の濫用を抑えるために制定されるもので、たとえば日本国憲法の第29条は「財産権は、これを侵してはならない」と規定している。この考えは18世紀のフランス人権宣言にあった「所有権は、神聖かつ不可侵の権利である」という規定にさかのぼり、市民の財産権が権力者の勝手気ままな課税や収奪によって踏みにじられた、苦しい経験に基づく。

民主主義の社会でも、権力が人々の権利を侵害する恐れはつねにある。もしそうでなかったら、権力を縛る憲法などいらないはずだ。もし財産権が政府から歯止めなく侵害されたら、人は安心して暮らせないし、財産を自由に売買する市場経済の発展も難しい。政党のスローガンではないが、財産権をなめてはいけないのだ。

憲法学者の阪本昌成氏は「私たちは、私的所有権の保障のもとでこそ、パターナリスティック(温情主義的)な国家に依存することなく生活でき、またときに、国家権力に対する防御壁を作り上げることができるのだ」(『憲法2 基本権クラシック』)と強調している。

メディアや論者が、個人の財産権を尊重する減税をバラマキと呼び、政府が与える恩恵か施しのようにみなすのは、意図しているかどうかは別として、財産権が安易に制限できない基本的人権であるという事実を忘れさせ、権力に対する防御壁を自ら取り崩すことにつながる。

「小さな政府」目指す政党を

日本では今まさに、政治の場で減税が脚光を浴びている。衆院選で躍進し、キャスチングボートを握ることになった国民民主党が、これまで訴えてきた減税政策を政府・与党に求める構えを見せているからだ。

具体的には、「年収の壁」の引き上げや、ガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」の凍結解除などだ。これらの減税策に対し、ソーシャルメディアなどで「バラマキ」との的外れな批判が見受けられる。

とくに「年収の壁」引き上げに対しては、高所得者ほど得をする「逆進的バラマキ減税」などと批判する論者もいる。また、日本経済新聞は10月30日の記事で、「年収の壁」対策を実施して非課税枠を引き上げると、国と地方の合計で年間で7兆6000億円ほどの減収になるという政府の試算を伝え、「高所得者ほど税負担軽減の恩恵が大きくなり、公平性が課題になる」と論評した。バラマキという言葉こそ使っていないものの、「恩恵」という表現には、減税とは政府による施しだという「上から目線」の誤った認識が見え隠れする。

高所得者はもともと所得が多いし、累進課税で多くの税を取られているのだから、減税をすれば、軽減額が大きくなるのは当然だ。それが「公平」でないから問題だというのなら、所得に格差が生じる資本主義そのものの否定につながりかねない。

国民民主党は「年収の壁」対策など以外にも、消費税や住民税などの軽減策を掲げている。減税は人々の財産権を政府が侵害しないことであり、それ自体に問題はないどころか、高く評価できる。問題はそれをどのような方法で実現するかだ。

国民民主党の公約には、減税以外に、介護職員などの給料倍増、日本型ベーシックインカム、社会人教育の支援など大規模な予算を必要としそうなものが多く含まれるが、それらの財源は今一つはっきりしない。公約で「教育国債」の創設や日銀保有国債の一部永久国債化などを挙げていることもあり、結局は国債頼みかという印象がぬぐえない。

国債発行は課税の先送りにすぎない。もし現状のように、国債の多くを事実上引き受けるために日銀が円を増発すれば、人々の持つ現金や預金の価値を失わせるインフレ税になる。減税の財源を得るために、インフレ税という目に見えにくい別の税を課すとしたら、ごまかしであり、財産権の侵害だ。

減税の財源は、国債に頼るのではなく、聖域扱いされる社会保障をはじめ、政府支出の思い切った削減で捻出しなければならない。そうやって政府の規模を小さくすることで初めて、停滞が続く経済も活力を取り戻すことができる。社会保障の民営化によって、利用するかしないかを含め、利用者やその家族が多様なオプションから選択でき、全体として今よりも実質安価な介護・年金・医療サービスが実現するだろう。

バラマキがよくないと思うなら、減税によって、政府の規模を小さくし、ばらまける税金を少なくすればいい。日本に今必要なのは、「小さな政府」の実現を真剣に目指す政党だ。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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