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お金を刷っても楽園はできない 希少性って何だろう?(木村貴の経済の法則!)

【QUICK解説委員長 木村貴】前回までのコラムで、トレードオフ、機会費用比較優位分業など、経済を理解するうえで役立つキーワードについて説明しました。これらの言葉が重要な意味を持つ背景には、ある共通した要因があります。それは「希少性」です。

資源や財は有限

これまでのおさらいを含め、説明しましょう。私たちが毎日の生活を送るためには、さまざまなサービスが必要になります。食べ物や着る物など形のある生産物を財、医療や運輸など形のないものをサービスといいます。私たちは石油や土地などの天然資源、労働力、技術、知識、時間といった資源を利用して、必要な財やサービスを生産します。

ただし、経済活動では、投入できる資源も、成果として得られる財やサービスの量も、無限ではなく、限られています。これを希少性といいます。希少性の制約があるため、人間は「何をどれだけ」「どのような方法で」生産・消費するかという選択の問題に直面します。

人々が何かを生産しようとすれば、その分、他の何かを生産するために資源を利用することができなくなります。また、人々が何かを消費しようとすれば、その分、他の何かを消費するための予算がなくなります。このように、何かを達成するために、他の何かを犠牲にしなければならない関係のことをトレードオフといいます。

経済活動におけるさまざまな選択は、何かを生産・消費することによる便益(メリット)と、そのためにかかる費用(コスト)を勘案して行われます。さらに、あることを選択したとき、他のことをあきらめたために失われた最大の利益(他のことを選択していれば得られた最大の利益)を機会費用といいます。

経済活動において、人々は実際にかかる金銭的な費用だけではなく、目に見えない機会費用を考慮して選択を行うことで、より効率的・合理的な選択が可能になります。その際、自分が不得意な仕事を、相対的に得意な人(比較優位のある人)に任せる分業によって、生産性を高めることができます。

以上説明した経済の原理は、この世界に希少性がある結果、生まれたものです。それでは、物が無尽蔵にあふれる想像上の楽園では、希少性は存在せず、経済の原理も変わってしまうのでしょうか。理解を深めるために、有名な楽園に出かけてみましょう。

エデンの園でも足りないもの

エデンの園は、旧約聖書の「創世記」に登場する楽園です。最初の人間とされるアダムとイブのために神が設けたもので、園にはきれいな川が流れ、美しい木々が豊かに茂っていました。その実は良い味がし、アダムとイブは、すべての木の実を思うままに食べてよいと神から許されていましたが、「善悪の知恵の木」の実だけは食べてはならないと命じられていました。2人が蛇にそそのかされ、神の命令に背いて善悪の知恵の木の実を食べたために、楽園を追放された物語は、よく知られています。

エデンの園

けれども、人間が希少性に縛られるようになったのは、エデンの園を追放されたからではありません。すでに楽園にいるときから、希少性は存在しました。

たとえば、アダムの肉体は有限でした。したがって、ある時間にはある場所にいることしかできませんでした。神から園の世話をするように命じられましたが、耕したり獣に荒らされないよう守ったり、すべてのことを一度にはできません。そのため、何を先にやり、何を後にやるかを選択しなければなりませんでした。その点で、現代の私たちと変わりありません。

時間にも限りがありました。だからアダムは時間を有効に使う必要がありました。その点でも私たちと同じです。時間は他の資源とは性格が違います。お金や食料のように蓄えておくことができません。たとえば、ある日23時間だけ使って1時間を貯めておき、テストの直前、それを勉強時間に上乗せすることはできません。たとえエデンの園に住む、アダムとイブであってもです。

経済学者ハンス・ヘルマン・ホッペ氏は「エデンの園においてでさえ、人の体、その体が占める空間、そして時間は、依然として希少である」と指摘しています。

それに加え、エデンの園では、知識もまた希少でしょう。人間は神と違い、全知ではありません。たとえ誤りを犯さなくても、人間は学ぶ必要があります。無限の知識をもつ人間はいないからです。

エデンの園の話でわかったように、人間が人間である限り、希少性から逃れることはできません。だとすれば、世界が将来どんなに豊かになったとしても、人間が希少性の制約の下でどのように行動すればよいかを考える、経済学という科学が不要になることもないでしょう。学んでおいて損はありません。

経済学者トマス・ソーウェル氏は「不足すること(希少性)がなければ、無駄を避ける必要もない。それゆえ経済学もありえない」(『入門経済学』)と述べています。逆にいえば、楽園ならぬ現実の世界では、経済の原理を知らなければ、希少な資源の壮大な無駄遣いを招きかねません。

政府予算は無限に増やせる?

エデンの園は神がつくった楽園でした。ところが現代の一部の経済学者や評論家、政治家といった人々は、神に頼らず、地上に楽園のような豊かさをもたらすことができると主張しています。そこで神の役割を果たすのは、政府・中央銀行です。

こう主張する人々にはいくつか流派がありますが、たとえば、現代貨幣理論(MMT)と呼ばれる極端な一派では、政府は景気回復に向けてもっと借金をして、支出を増やすべきだと主張します。自国通貨建てで国債を発行できる国では、返済に必要な自国通貨は中央銀行を通じて自由に発行できるので破綻の心配はなく、インフレにならない限り財政赤字を増やしても問題ないと考えます。

この考えの問題点の1つは、さまざまな資源は有限であり、効率よく使わなければならないという発想がほとんどないことです。公共事業など政府の支出は、市場の需要ではなく、政治的な判断によって割り振られます。その事業が本当に必要か、無駄遣いでないかどうかは、大して考慮されません。

MMTは極論だとしても、日本を含む現在の先進国では多かれ少なかれ、政府が中央銀行の助けを借り、支出を増やすことによって、不況から脱することができるとか、経済を豊かにすることができるといった考えが当たり前になっています。これは政府の積極的な経済介入を求めた、イギリスの経済学者ケインズの考えです。

お金は中央銀行によっていくらでも創造できます。このため政府予算はほとんど無限に増やせると錯覚してしまう人がいるのでしょう。けれども、事業に必要な天然資源や労働力といった資源は有限です。希少な資源を政府が事業に使えば、その分、民間企業が使うことのできる資源は減り、民間の経済活動を妨げてしまいます。これがクラウディングアウトです。

クラウディングアウトとは一般には、財政赤字が金利上昇につながり、民間の資金調達を圧迫することだと説明されます。間違いではありませんが、金利上昇や資金調達の圧迫は本質ではありません。今の日本のように中央銀行が金利上昇を抑え、多額の資金を供給したとしても、政府が事業を拡大すればするほど、民間で利用できる資源が減ることに変わりはありません。資源は希少で有限だからです。

無駄遣いの温床

限りある資源を使う際、政府と民間企業でどちらが無駄遣いの心配が大きいか、言うまでもないでしょう。

たとえば、政府の無駄遣いの温床と指摘される「国の基金」の残高は、2023年度末に18.8兆円となり、過去最高を更新しました。基金は経済対策の補助金などに使うもので、原則として1年間で使い切る通常の予算と違い、複数年度にまたがって支出できます。コロナ流行時はこの利点を生かし、ワクチン購入や中小企業の資金繰り支援などの基金が新設されました。

ところが、やがてコロナとは無関係な事業に乱用されるようになり、脱炭素投資の支援や経済安全保障の強化などの基金が次々と新設されました。朝日新聞によると、背景には、具体的な使途を詰めなくても、基金ならば最長で10年分もの巨額な予算をまとめて計上できる事情があります。無駄遣いの温床になるのも当然です。

中央銀行がお金をいくら増やしても、資源は有限だという現実を変えることはできません。むしろ資源を無駄遣いし、人々の暮らしを貧しくします。

人間は希少性から逃れられないという経済の鉄則を肝に銘じ、お金を刷れば楽園ができるという嘘に騙されないようにしましょう。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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