米国人にとってアップルのiPhone(アイフォーン)は物価の優等生。円安の影響で日本市場の価格が大幅上昇したのとは対照的に、米国では価格据え置きが数年続いた。iPhone12から16まで5年間にわたり最低価格は799ドルで変わらず。メモリー容量が増えているので、事実上の値下げといえるが、トランプ関税で優等生でなくなるかもしれない。
トランプ米大統領が相互関税による「解放の日」を宣言した翌3日、USAトゥデイ紙は「iPhoneが2300ドル(約33万5000円)になるかもれない」と報じた。対中追加関税は34%。3月までに発動の20%と合わせ、中国製品に54%の関税が賦課される。アップルはiPhoneの大半を中国で生産。ウェドブッシュ証券のアナリストが、高級モデルの価格が2300ドル、最も安いiPhone16eでさえ約600ドルから858ドルに値上げされると予想したとUSAトゥデイが伝えた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、iPhone16 Proのアップルのコストは549ドル73セントだったが、関税発動後は846ドル59セントに大幅上昇すると伝えた。値上げしなければ、アップルの利益率は劇的に縮小するとしている。
当然ながら大幅値上げが予想されるのはiPhoneだけではない。ウォール・ストリート・ジャーナルは、テレビ、醤油、「ルルレモン」のトレーニングウェアまで米国人が買いだめに走ったと報じた。「今が買い時」として、スーパーや家電量販店の駐車場にカートをいっぱいにした客がいたとしている。NBCによると、家電小売り最大手ベストバイで販売する商品の55%は中国製。ABCは、トランプ関税による4人家族のコスト負担は年7200ドル(約105万円)に達する見通しと伝えた。パニック的な駆け込み購入はパンデミック(疾病の世界的流行)以来。トランプ氏の経済政策に不満な有権者が確実に増えていることは各社世論調査で明らかだ。
トランプ関税で世界同時株安。米国の株式市場で特に小売株が大きく売られた。フットウェアの約半分をベトナムで生産するナイキは目立って下落。トランプ氏がベトナムに課した相互関税は46%。ベトナム生産の割合が大きいカジュアル衣料のアバクロンビー・アンド・フィッチやギャップも急落した。関税で製造業が米国に戻るとトランプ氏は主張するが、高い関税を支払っても海外生産を維持するメーカーは少なくない。米国に生産拠点を移すには時間と多額の投資が必要。米国の雇用関連コストはあまりも高い。
トランプ氏の関税政策は異次元だ。近代史で誰も実行した経験はない。相互関税が長期化すれば、価格上昇は回避できないとの見方は優勢ながら、正確に予測できる人はいない。CBSは、米国内の供給網が構築され雇用を生み、政府赤字縮小がベストシナリオなら、最悪シナリオでは、インフレ率が上昇、個人消費は落ち込み、貿易戦争が深刻化すると解説した。世界最大の経済大国の行方は不透明で不確実性が高い。企業と消費者、投資家は不安でしかない。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。