「(同じ市場で)1から10までを知る必要はない」。大和証券チーフテクニカルアナリストの木野内栄治氏は、1988年の入社以来、一貫して国内外の株式調査に携わってきた。投資家にとっては国内市場だけでなく、海外や他の金融商品など1つの市場にとらわれない広い視野を持つことが必須だという。必ず勝てる「ベストな業種(セクター)」を探すのではなく、2番手、3番手業種のなかで「一番の企業を探す」ことが、個人投資家が相場で勝つ秘訣と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース=井口耕佑、張間正義】
木野内栄治(きのうち・えいじ)氏 1988年成蹊大学工学部卒、大和証券入社。株式本部に配属になり以降一貫してテクニカル分析に携わる。日本経済新聞社及び日経ヴェリタスのアナリストランキングで、04年から15年連続で市場分析アナリスト部門の第1位。景気循環学会の常務理事も務める
■市場と企業、2つの視点で知識広げる
日本のバブル景気がピークにさしかかる1988年に入社した私は、株式本部で主に日本株の調査業務に携わっていた。私にとって人生の転機となったのは、やはり90年代初頭のバブル崩壊だ。政府・日銀の金融引き締め政策が裏目に出ていると感じ、日本株はもうダメだという趣旨のリポートを書こうとした。さすがに当時の証券会社の立場上、そんなリポートを出せるわけがなく「そんなに日本株が嫌いなら」ということで、米ナスダックや香港など、外国株式市場の担当に変更になった。
当時はまだオプション取引や、指数先物と現物株の裁定取引などは国内での認知度が低かった。そこに目を付け、バブルまっただ中に積極的に裁定取引を仕掛けてきたのが米大手証券のソロモン・ブラザーズ(後にスミス・バーニーと合併)だった。彼らがどういう意図で売買を行ったのか、事後的ではあるが深く理解することができた。
今から考えれば、入社後すぐに国内外の株式相場に触れられたのは、マーケットと企業という2つの観点から知識を広げられて大きな意味があった。企業研究の点で、海外市場を見ていると学ぶことが多かった。米マイクロソフトに代表されるIT(情報技術)企業など、米国には当時の日本にはないセクターがあり、先んじて学習して知識が深まった。
とはいえ、日本株市場より米国株市場の方が優れている、と言いたいわけではない。国内市場も海外市場も、それぞれ良いところがあり、相互に影響を及ぼし合っている。いきなり海外市場を知ろうとするのではなく、まずは日本株のことを知ってから海外に目を転じる姿勢が重要だ。
■米利上げで新興国株安を予見
日本株から転じて担当した香港株市場は、92年から93年にかけて世界的な株高が波及し絶好調だった。ただ私にとって、米国が94年から利上げの方針を示したことが気がかりだった。株高を謳歌する新興国から米国に資金が流れるとみて、アジア株高に警鐘を鳴らす内容のリポートを書いた。
結果的には、米利上げで新興国市場から資金が流出するという、現在では広く知られている構図を見抜くことができた。これも幅広い国の金融市場に目を配っていたためと考えている。ただ、この話には続きがあり、香港株についても株価がピークアウトしそうだとの後ろ向きなリポートを書いたため、日本株担当に戻されることになったのだが……。
■情報の幅と深さはトレードオフ
日本株と外国株、両方を担当して分かったことは、ひとつの市場について1から10まで全てを知ることは不可能、ということだ。私の経験上、6くらいまでは努力の量に比例して知見も増えていくが、そこからは急速に知識吸収のペースが落ちる。そうなったら一度、その分野から視点を別の分野に移してみるのも手だ。海外株について知るほど日本株についても理解しやすくなる、というように、金融の知識は相互関係にあるからだ。
長く株式市場にいると、必要な情報とそうでないものの区別が付くようになってくる。例えば海外での成長が期待できる株を調査するとき、絶対に株価が上がる「ベストなセクター」を探す必要はない。セクター自体の成長度合いは2番目でもいいのだ。ただ、その中でどの銘柄に投資をすべきかという点については、一番の企業を当てなければならない。
ましてや、投資家はアナリストのように株式調査が専門ではない。情報の取捨選択はより自由に行える。株式市場に携わるときは「情報の幅と深さはトレードオフ」だということを常に頭に入れておくべきだ。
(随時掲載)