賃金や労働時間を示す厚生労働省の毎月勤労統計調査で不適切な調査が発覚し、マーケットに波紋を広げている。調査対象の事業所について、500人以上は全て調べることになっているが、東京都では1464カ所を調べなければならないところを3分の1にあたる491カ所しか調べていなかった。毎月勤労統計は「基幹統計」とされており、政府が公表する他の統計にも影響が広がりそうだ。
問題となった東京都は大企業が集積している。従業員数が多い大企業は中小企業と比べると賃金が高く、2004年から17年までの調査分ではこうした大企業が調査から抜け落ちていた。根本匠厚生労働相は11日の記者会見で、きまって支給する給与などの金額が「低めになっているという影響があった」と明らかにした。
毎月勤労統計は「基幹統計」に位置づけられる。今回の不適切な調査は政府の他の統計への影響が避けられない。第一生命経済研究所の伊藤佑隼エコノミストは「(内閣府の)雇用者報酬の数値に影響する可能性がある」と話す。雇用者報酬は国内総生産(GDP)と一緒に内閣府が公表し、毎月勤労統計は元データの一つになっている。毎月勤労統計の数値が実態を表していなかったことで、雇用者報酬の数値もゆがめられていたことになる。
厚生労働省がきまって支給する給与を再集計したところ、給与がこれまで公表されていた数値よりも0.3~0.7%高かったことが明らかになった。実際には給与が高かった一方で、18年7~9月期のGDPの個人消費は実質で前期比0.2%減と振るわない。今年は10月に消費税率の引き上げを控えている。個人消費が想定以上に悪いとなると、政府の増税などの対策にも影響する可能性がある。
毎月勤労統計の不適切調査問題が市場に与える影響を関係者に聞いた。
■「アベノミクスへの影響も」岩下真理・大和証券チーフマーケットエコノミスト
毎月勤労統計に不適切調査があったということは、GDP統計の雇用者報酬の改定をする必要があるということだ。マーケットへの直接の影響はあまり考えられないものの、アベノミクスの成果とされる「雇用・所得環境の改善」において所得環境を測る基幹統計が不適切だったということになり、政策への影響は気がかりだ。
今回のようにある統計に間違いが発覚してもそこだけに対処していてはまた他の統計で再び間違いが発覚する可能性がある。統計を専門にする庁を設けるなど、政府全体の統計のレベル向上を目指すべきだと考える。また現状では統計を扱うことができる専門的な人材も不足している。統計の精度を確保するためには予算を通して人材の確保を進めていくべきだろう。
■「海外から日本の統計全般に不信感」斎藤太郎・ニッセイ基礎研究所経済調査室長
毎月勤労統計の不適切調査問題は、極めて深刻なものだ。経済政策を含め何をするにも(統計を通じて)現状を把握することが重要だが、今回の統計の問題でその根本が揺らいでしまった。海外から厚生労働省以外の省庁の手がける統計に疑念を持たれる可能性があり、日本政府のまとめる統計への不信感が高まることになる。
重視される統計は時代によって変化する。足元では賃金動向は注目度が高い。特に毎月の賃金の動きを把握できるのは毎月勤労統計が唯一のものだった。賃金の動きの把握が一段と難しくなる。
金融市場では本来、自国の統計をみながら景気の先行きを判断して取引する。日本は米国などに比べてこうした機会が少なかった。今回の問題で統計への信頼度が低下し、「経済指標をみながらの投資判断ができない」と考える人が増えてもおかしくない。
【日経QUICKニュース(NQN ) 金尾久志、岩本貴子、金岡弘記】
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