タイ中央銀行が難しい金融政策運営を迫られている。タイバーツは米ドルに対し6年ぶりの高値圏にあるなか、同行は26日、政策金利を1.75%で据え置いた。バーツ高は輸出国で観光業も盛んなタイ経済にとって明らかにマイナス要因。政策金利を変えないままでは主要国やアジア周辺国との金融緩和への温度差も鮮明になり、一段の通貨高、経済減速を招きかねない。
利下げに動く周辺国と一線
タイ中銀は今回、インドやフィリピン、マレーシアなどアジア各国が景気刺激のため相次いで利下げに動くなか、タイの経済成長率見通しを引き下げながらも、「現行の緩和的な金融政策」が経済を支えるとして一段の金融緩和の必要性を否定した。結果発表を受けて通貨バーツの対米ドル相場は上昇した。
■バーツは今月、一時3%近く上昇
欧米の金融緩和期待を発端としたアジア通貨買いの影響で、タイバーツは25日、米ドルに対して1米ドル=30バーツ台と2013年以来およそ6年ぶりの高値を付けた。6月に入って一時3%近く上昇し、東南アジア通貨で突出して買われている。経常黒字国であるタイは資金流出懸念が台頭しにくく、米国の利上げ局面やリスク回避ムードが盛り上がる場面でもバーツは堅調に推移していた。欧米の利下げ期待で資金が新興国に流れ込んでいる現在、タイにとって「強い通貨」が大きな悩みの種になっている。
輸出と観光業にジワリ打撃
タイ中銀は同時に、2019年のタイ国内総生産(GDP)成長率の見通しを従来の3.8%から3.3%に引き下げた。下方修正の理由に挙げたのは輸出と観光業の見通し下振れだ。両者の減速の主因は米中貿易摩擦の激化や中国経済の減速だが、通貨高が進めば輸出、観光の双方にとって新たな下振れリスクとなる。中銀はバーツの上昇は「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に基づいた動きでない」と懸念を表明し、為替レートや資金流入の状況を注視するとしている。
実際にタイの輸出、観光は足元で低調だ。タイの5月の輸出額は米ドル換算で前年同月比6%減少。減少率は2016年7月以来の大きさで、3カ月連続で前年割れとなった。5月にタイを訪れた外国人旅行者数も前年同月比1%減と減少に転じた。
タイ中銀が各国の利下げ転換に足並みをそろえられないのは、国内金融環境への配慮からだ。中銀によると18年末時点のタイの家計債務残高は自動車ローンなどの増加で12兆8265億バーツと17年末から6%増え、対国内総生産(GDP)比で78.6%となっている。東南アジア域内で最低の1%台の金利が家計債務の膨張や過度なリスク選好を招いているとして、一段の金融緩和には慎重な構えを崩さない。
タイ中銀のこうした政策姿勢を踏まえ、金融市場でも「年内は金利を据え置く」(マレーシアのケナンガ投資銀行)との予想が多い。それだけに他国中銀の積極的な金融緩和姿勢はバーツ高に直結する。世界的な金融緩和競争が長引けば、景気の下支えと金融の安定のどちらを重視するか、タイ中銀は改めて難しい判断を迫られることになる。
〔NQNシンガポール=村田菜々子〕
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