QUICKコメントチーム=川口究
今月に入って日経平均株価が年初来高値を更新し、ダウ工業株30種平均が過去最高値を更新するなど株式投資への流れが加速している。米中貿易問題の進展や来年の米大統領選に向けた政策期待、米連邦準備委員会(FRB)の緩和姿勢の長期化への見方など、相場にとっての明るい材料は事欠かない。市場関係者からは「株高、債券高、REIT高。これまでは景気不安でグロースが買われ、金利上昇でバリューが買われ・・・といった具合だったが、全体的に買いに行く動きが目立つ」(外資系証券)との声も聞かれた。
しかし、そんな全面高と言った様相の中でも、忌避されている株がある。石炭火力発電に大きなウエートを置く日本の電力株だ。欧州ではESG(環境・社会・企業統治)、とりわけ「E」の観点から、欧州電力会社が批判にさらされてきた。一方でエンゲージメント(投資家と企業の対話)が進み、再生可能エネルギーの拡大を表明した結果、株価が上昇する電力会社が目立つ。日本の電力会社が再度評価を高めるには「E」に対する情報発信・事業構造の転換が必要と言えそうだ。
世界市場では欧州投資家を中心に化石燃料からの投資撤退(ダイベストメント)が進んでいる。今年9月に南アフリカ・ケープタウンで開催されたダイベストメントに関する国際サミット「Financing the Future(未来のためのファイナンス)」で、化石燃料関連企業から投資を引き揚げ、代わりに自然エネルギーをはじめとした気候問題の解決策への投資を増やす国際的な「化石燃料ダイベストメント運動」へのコミットメントを表明している機関投資家の運用総額が11兆ドルを突破したと報告された。
こうした流れは日本企業にも無関係とは言えない。日本株が足元まで上昇した期間で、アラベスク社が提供するESGスコアサービス「s-ray」を使いESGスコアと株価の騰落率の関係を比較すると、最も相関性が高かったのが、電力・ガス会社で構成される「Utilities」だった。電力会社は総じてESGスコアが低く、直近の株価パフォーマンスの低迷も鮮明となった(下表参照)。
欧州の主要国が2030年までに石炭火力発電への依存度をゼロにする動きを進めている一方で、日本は20~22%だ。また石炭火力発電を国内で建設し、発展途上国に輸出する政策を続けている。低ESGスコアと株価低迷の結果は日本の石炭火力発電に対する世界のシビアな目線を映し出している可能性がありそうだ。
さらに日本の電力会社10社にJパワー(9513)を加えバスケット指数化し、同様に欧州のNGOネットワーク「Europe Beyond Coal(ヨーロッパ・ビヨンド・コール)が石炭火力発電へ依存度の高いと指摘した欧州電力会社8社の株価を指数化して比較したのが以下のチャート(下図参照:青線=欧州の電力8社、緑線=日本の電力11社、紫線=TOPIX、黄色線=STOXX50)。この8社は欧州の石炭火力発電で排出される二酸化炭素の約半分を占めるという。
欧州の電力会社と日本の電力会社では2019年1月以降、次第にパフォーマンスの差が開き始めた。日欧ともに石炭火力発電への依存が大きい企業を選んだにも関わらず、なぜこのような違いが表れたのか。背景の1つには欧州電力が脱石炭火力・再エネ移行の動きで先行していることと関係がありそうだ。
欧州電力会社8社の中に独電力のRWEが含まれているが、例えば同社は40年までに二酸化炭素ネット排出量をゼロにし、再生可能エネルギーを強化するため、年間で15億ユーロを投資すると宣言した。石炭を含む化石燃料による火力発電を段階的に廃止する。
こうした動きに対してゴールドマン・サックスは「30年には再生可能エネルギーの導入拡大や送電網への投資加速を通した持続的な成長機会が見込まれる。『気候チャンピョン』とも言える一部の欧州電力会社は、規模の優位性や急速に拡大する世界の再生可能エネルギー市場におけるノウハウを生かし、50年まで年平均約7%(2030年までは9%)のEPS成長を遂げるとみられる」と予想する。
グローバルマネーの脱化石燃料への動きは日に日に大きくなっている。12月にはサウジアラビアの国営石油会社のサウジアラムコが史上最大となる可能性をはらむ256億ドルの新規株式公開(IPO)を予定しているが、厳格なESG運用方針を掲げる加系運用会社ジーナス・キャピタルのマイク・タイセン氏は「サウジアラムコのIPOは石油の一本足打法から事業多角化への一環なのだろうが、当社のファンドがアラムコ株を買うことはないだろう。化石燃料セクターへの投資をしなくても実際に運用成果をあげてきたからだ」とする。ESG投資家の間では既に「アラムコ・スルー」とも言える姿勢が見えている。
こうした流れは今後ますます強くなっていくことだろう。だからこそ、日本の電力会社が脱石炭火力への道筋を示した際には、大きな上昇余地が残されているとも言えそうだ。
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