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社会的インパクトは日本株に吉と出るか凶と出るか─渋澤健(Shibusawa & Company)

記事公開日 2020/9/29 15:00 最終更新日 2020/9/29 15:00 日本株 バリュー 脱炭素 渋澤健 TCFD 商社 ウォーレン・バフェット 温暖化 ESG

※Shibusawa & Company 代表取締役  渋澤 健
Shibusawa & Company
代表取締役  渋澤 健 氏

著名な長期投資家であるウォーレン・バフェットさんが日本の大手商社5社の大株主になっていたというニュースが8月末に流れ、多くの驚きの声が上がりました。なぜ日本株。なぜ総合商社。そして、なぜ、このタイミングなのでしょうか。

■現在の最大の保有株はアップル

割安なバリュー株の投資家として長年の功績を挙げられているバフェットさんは、テクノロジー系などハイテク企業などグロース(成長)株の投資は得意分野ではないと言われています。しかし、現在の最大の保有株はアップルで、その投資額は直近では13.2兆円(発行株数の5.9%)のようです。

確かにアップルは、バフェットさんが投資先企業に好む圧倒的なブランド力を持っています。しかし、もしかすると心中ではグロース株へ投資ポートフォリオが傾きすぎることを不安に思っていて、リスク分散のために割安なバリュー株を世界で探していたのかもしれません。だから日本株。だから総合商社という結論に至ったということが考えられます。

日本人には馴染みがある総合商社ですが、外国人から見ると他業と比べることが安易ではなく、わかりづらいコングロマリットとして評価が高くはありません。それに加え、石炭・鉱山などへの投資で環境負荷をかけている業種とも思われています。だからESG投資への関心が高まっている世の中では割安に放置されているとバフェットさんが目を付けたのかもしれません。

■非財務的な価値

企業が割安である尺度にPBR(株価純資産倍率)があります。Bは貸借対照表が示す純資産であり、企業の財務的な価値といえます。PBRが1.0ということは企業の純資産の価値=株価と市場が判断していることになります。

一方、PBRが1.0以上ということは、企業の現状の純資産よりも高い価値を見込んでいる、つまり、その企業には非財務的な価値(=未来の価値創造の可能性)が存在していると市場が判断しているということになります。

ただPBRが1.0以下の場合では、市場がかなり厳しい判断を下しています。企業の現状の純資産が将来は棄損する、言い換えれば非財務的な価値がマイナスであるということです。

バフェットさんが投資した大手総合商社は伊藤忠の除くと全てのPBRが1.0割れ(0.70~0.85)です。強いていえば、これらの会社の人材はマイナス価値を生んでいるという極めてシビアな判断になります。「市場は常に正しい」ということわざもあります。

「そんなことはあり得ない!」という反論が多いでしょう。私もそう思いますし、バフェットさんも同じようなお考えがあるのでしょう。正確にいえば、「長期的には市場は常に正しい」ということだと思います。

ただ、ほとんどの場合、長期的という期間に耐えられない投資家が多いです。もし企業側が自社の非財務的な価値や人材価値がマイナスではないという確信があるのであれば、市場の短期的な判断を是正するために、非財務的な価値の可視化に真摯に努めるべきだと思います。

■「社会的インパクト」を会計制度へ

実は企業の非財務的な価値である「社会的インパクト」を会計制度で表現するImpact Weight Account(https://www.hbs.edu/impact-weighted-accounts)という研究が米ハーバード大学で始まっています。

本研究のアドバイザリーボードのチェアであるロナルド・コーエンさんは、今では当たり前の会計制度の常識とは、1929年に起こった米国株式市場の大暴落が招いた恐慌時代という大ショックを経て、企業の透明性を高める意識から始まっていると指摘されています。そして、当時の企業は「そんなことは無理」と拒否したようです。

現在、大暴落は起こっておらず、むしろ逆です。ただ、新型コロナ・ウイルスは世界中に大きな社会的な、経済的な大ショックをもたらしていることは間違いありません。これからの経済社会の行方はわからない。そして社会が地域的にも所得的にも分断されている世の中に陥っているからこそ、企業の社会的インパクトへ関心が高まることも自然な流れです。

■温暖化・脱炭素への危機意識

本会計研究のリーダーであるジョージ・セラファイム教授が登場するポッドキャストなどを視聴すると、特にご関心があるインパクトは温暖化・脱炭素のようです。比較的に測りやすいインパクトであるという事情もあるのかもしれませんが、温暖化という計り知れない地球規模問題のみならず、炭素税の導入などが企業のリアルなリスク要因になっているとして、欧米の経営者が活発に議論していることに興味を覚えました。

一方、日本では、これほど猛暑や悪天候に悩まされる日常生活があるというのに、温暖化・脱炭素をリアルな経営リスクと考える危機意識がまだ比較的希薄であると感じます。温暖化は世代間論争であると切り捨てる声も聞こえてくるほどです。

確かにTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)には多くの日本企業が署名し、賛同機関数は2020年7月末において290社で世界一です。(他は英国210、米国193、オーストラリア71、等。)ただ、大手総合商社のCO2排出量を売上対比、利益対比などで比べてみようと試みても、開示対象の定義や形式が統一されておらず、専門家でなければお手上げです。

非財務的な価値が会計制度に反映されるようになる世の中は割安に放置されている日本企業にとって吉となるか、凶となるか。「知らないところでルールが決まっている」とぼやくだけではなく、今から積極的に世界のルールメイクに首を突っ込んで頂きたいところです。(Shibusawa & Company 代表取締役  渋澤 健)

<金融用語>

ESG投資とは

SRI(社会的責任投資)とCSR(企業の社会的責任)を発展的に統合した考え方。頭文字はE(環境、Environment)、S(社会、Social)、G(企業統治・ガバナンス、Governance)をそれぞれ意味する。世界が貧富の格差問題、ボーダーレス化する地球環境問題や企業経営のグローバル化に伴う様々な課題に直面する中で、企業への投資は、短期的ではなく長期的な収益向上の観点とともに、持続可能となるような国際社会づくりに貢献するESGの視点を重視して行うのが望ましいとの見解を国連が提唱した。その結果、ESGの視点で投資を行う金融機関が欧米を中心に広がっている。

著者名

QUICK Market Eyes 池谷 信久


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