取締役の専門知識や経験をまとめた一覧表、「スキルマトリックス」を公表する企業が増えている。ESG(環境・社会・企業統治)投資の拡大を背景に、取締役会の多様性を求める投資家の声は一段と大きくなった。金融庁と東京証券取引所が2015年に導入した企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)が2021年春に改訂されるのを前に、スキルマトリックスの公表を盛り込むという案も出ている。
スキルマトリックスに組み入れるスキルの種類や数は企業によって異なる。投資家はスキルマトリックスからどのようなヒントを得られるのか。見方や注意点を三菱UFJモルガン・スタンレー証券の黒田一賢シニアESGストラテジストに話を聞いた。黒田氏は日本取引所グループ(JPX)が国内で初めてスキルマトリックスを公表した2016年より前から動向を調査している専門家だ。
取締役会に必要な多様性
――スキルマトリックスの公表が進む背景を教えてください。
「国内では2015年に導入されたコーポレートガバナンス・コードで、取締役会の多様性が求められた影響が大きい。企業は女性や外国人の登用に加え、経験や素養を含めた多様な取締役を集める必要がある。とくに取締役の選任過程などで、取締役会全体のバランスを見るツールとして活用が広がっている」
「以前は従業員の管理に使われていたが、2000年代後半の金融危機以降、経営層が正しく機能するための1つの方法として企業経営にも使われるようになった。カナダの機関投資家団体が2014年に企業とのエンゲージメント(対話)の良い例として推奨したことで、北米で採用する企業が増え始めた」
――企業によって開示の仕方は様々です。
「各社の個性が出る部分だ。営業という項目で言えば、企業向けか消費者向けか、国内か海外かなど細分化して開示する企業がある。一方で、営業という項目がない企業もある。これは企業のビジネス形態による違いで、良し悪しをつける部分ではない。大切なのは企業の経営方針を達成するためのスキルが表記され、そのスキルを持つ人材がいるかどうかだ」
「最近はDX(デジタルトランスフォーメーション)を重要課題に掲げる経営者が多いが、その場合はスキルマトリックスの項目にDXやテクノロジーがあるのが自然だろう。同じ事業を展開する企業を比較してみると、企業の『らしさ』が出る。逆に言えば、財務や法務といったどの企業にも必要なスキルのみが並ぶと、形骸的なものと見られかねない」
経営への貢献度注視
――スキルマトリックスの懸念点はありますか。
「(スキルは)外形的な判断でしかなく、どのように実効されているか裏付けが難しい。取締役会の発言が参考になり得るが、個人投資家には確認しにくい。アナリストでさえ社外取締役に取材を断られ、どのような意見を持っているか見えない場合もある」
「スキルマトリックスの公表とともに、取締役会評価のあり方が重要になる。現在はコーポレートガバナンス・コードに基づき、取締役を自己評価する企業が多い。今後は個別面談などを行う外部評価を取り入れる動きが強まるだろう。スキルマトリックスで必要な専門知識がそろっていることを確認するだけでなく、実際に企業の経営にどう役立っているのかも注視すべきだ」
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黒田 一賢 シニアESGストラテジスト
(三菱UFJモルガン・スタンレー証券 インベストメントリサーチ部)
証券会社入社後、気候変動に関する情報開示に興味を持ち英国へ渡航。現地の評価機関で勤務するなかで、企業が環境や人権問題に取り組むには経営層の判断力、企業のガバナンスが礎になるとの思いを強くする。帰国後の2016年6月に日本企業へのスキルマトリックス導入を提言した論文を発表した。蝶ネクタイは日常的に愛用している。
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