8月10日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)に”How Much Carbon Comes From a Liter of Coke? Companies Grapple With Climate Change Math”という記事が掲載された。この記事によると、コカ・コーラ社のデータでは、農場からスーパーマーケットの冷蔵庫に陳列するまでにコカ・コーラ1リットル当たり346グラムの二酸化炭素(CO2)が排出されるということである。一方、プロクター・アンド・ギャンブル社のチャーミン・ウルトラ・トイレットペーパーのメガロールは、木からトイレまでに771グラムのCO2を排出するそうだ。
国立研究開発法人国立環境研究所が算出している2019年度の家庭における一人当たりのCO2排出量は1859キログラムである。これを1日当たり(365日)にすると約5キログラムとなり、1時間当たりでは212グラムとなる。つまり、コカ・コーラ1リットルは、家族の一人が1時間半過ごす間に排出しているCO2の量に相当する。チャーミンのトイレットペーパーであれば3時間以上である。暮らしの中で消費する一つ一つの製品にCO2の排出量が問われるようになってくるのであろうか。ネットゼロ社会への移行はこのような事なのかもしれない。今後の流れに注意していきたい。
今回、注目したのは同じ記事の後半部分である。ウォール・ストリート・ジャーナルが独自にESG評価会社の評価の違いに踏み込んでいる。この記事ではESG評価会社のリフィニティブ、サステナリティクス、MSCIの3社を取り上げている。3社全てが評価をしている1469社を調査したところ、約3分の2の942社について、評価が分かれたという結果だった。同記事で例として上げている10社について、アラベスクS-Rayのスコアを確認したいと思う。アラベスクS-Rayはウォール・ストリート・ジャーナルと「サステナブル経営ランキング」を共同で開発し、ランキングを定期的に算出しているが、本稿で示すのはアラベスクS-Ray独自のスコアである。
同記事内の3社の評価についてそれぞれ最低を1とし、最高を5とすると、次表のような評価の幅が生じている。
今回、アラベスクS-Ray(以下、S-Rayと表記)のデータとしては、主要なスコアであるGCスコアとESGスコアに加えて、気温スコア(短期、長期)および懸念される事業活動について各社の状況を示している。
表中の10社の中では、HPとマイクロソフトは、前述のESG評価会社3社ともに高い評価を付与しているようだ。S-RayにおいてもGCスコア、ESGスコアともに50を上回っている(両スコアは50を平均とした最低0~最高100のスコア)。また、両社ともに気温スコアも良い評価となっており、両社の現在のGHG(温室効果ガス)排出量の水準は短期(2030年)の1.5℃シナリオに沿った水準である。長期(2050年)においてもHPは1.5℃シナリオに沿っており、マイクロソフトは1.5℃シナリオに沿うほど削減できていないが、2.0℃シナリオには沿った水準である。さらにS-Rayでは懸念される事業活動への関与をチェックしており、両社は懸念さえる事業活動への関与はみられない。従って、この2社については、どのESG評価会社でも高い評価を得られる企業だと考えられる。
一方、HPと同業のアップル、そしてマイクロソフトと同業のアドビは、前述の3社の評価が割れている。S-RayのESGスコアは2社ともに50以上であるが、アップルのGCスコアは50を下回っている。同社のサプライチェーンに潜む人権リスクや労働リスクがマイナスに影響していて、社会(S)の評価が低くなっている。アップルの評価が割れている理由は、同社の社会(S)への取り組みにつての評価方法が影響しているのであろう。
その他6社については、評価の差が2以上に広がっている。その中でも最も評価が割れているのがシェブロンである。3社の中の1社は最低の評価(1)をし、別の1社は最高の評価(5)を付与している。S-RayではGCスコア、ESGスコアともに50以上のスコアを付けている。同社はGHG排出量を開示しているが、気温スコアは2.7℃超となっており、同排出量の水準は依然として高い。また、化石燃料を取り扱っているので、懸念される事業活動への関与もある。同社はESGの情報開示やESGの推進、取り組みについては優れており、マテリアリティを意識した経営をしていると考えらえる。このことはS-Rayの2つのスコアが50を上回っていることからも示される。そして、同社に最高評価を与えた3社の中の1社も、同じような判断を行ったのであろう。一方、気温スコアや懸念される事業活動への関与を考慮すると、ネットゼロ社会へ移行する中で、同社の将来的リスクは大きいと考えられる。最低評価を下した評価会社は、このような点を考慮しているのではないか。
最後に本稿でも取り上げたことのあるバークシャー・ハザウェイだ。同社のESG評価会社による評価は2~4.5と大きく割れている。S-RayではGCスコア、ESGスコアともに50を下回っている。同社のスコアをもう少し詳しくみていくとESGスコアのサブスコアの企業統治(G)は60を超えて非常に優れているが、環境(E)と社会(S)が50を大きく下回っている。さらに、同社は気温スコアが3.0℃となっている。これはGHG排出量の開示がされていない企業に付与されるスコアである。同社のグループ会社であるバークシャー・ハザウェイ・エネルギーはGHG排出量を詳しく開示しているが、バークシャー・ハザウェイとしては開示していない。そして、複合企業の特徴ではあるが、懸念される事業活動への関与もアルコール、防衛、化石燃料、原子力と4分野にわたっている。3社の中で低い評価を付与した評価会社は、環境(E)や社会(S)において同社の取り組みが不十分なことを問題としたのであろう。高い評価を付与した評価会社は企業統治(G)が優れている点を評価したのではないかと思われる。
ESGの評価は評価すべき項目が多岐にわたるため、評価会社の重点の置き方で同じ会社でも評価が大きく割れてしまうこともある。一方、HPやマイクロソフトのように、評価がほぼ同じになることもある。S-Rayは、このような点を改善するために、複数のレンズで企業のサステナビリティを評価するようにしている。