Shibusawa & Company
代表取締役 渋澤 健 氏
「新しい資本主義」の実行計画案が6月初旬に閣議決定されました。この半年間、新しい資本主義実現会議の有識者メンバーとして討議に参加する貴重な機会を頂戴したことへの感謝、そして、多くの意見をまとめて幅広い課題を網羅する実行計画を作成していただいた事務局および関係者のご尽力に、心から敬意を表します。
「新しい資本主義とは何か、意味がわからない」という声を色々なところで聞きました。ただ、私は確信しています。今の世界情勢や日本が少子高齢化社会へと突入している時代環境において、新しい資本主義が目指しているところは極めて重要であり、このタイミングで議論を重ねたことにとても意義があると思います。
新しい資本主義が目指しているところ、すなわちWHEREは「成長と分配の好循環」であります。「成長か」や「分配か」ではなく、大事なポイントは「好循環」を経済社会で促すことです。成長「と」分配、分配「と」成長により、好循環が生じます。
では、そもそも何故、WHY、好循環を目指す新しい資本主義が必要なのか。それは、持続可能な成長に加え、「外部不経済の是正」のためです。総理が、文藝春秋2月号の寄稿で示したグランドデザインや5月のロンドン演説でもしっかりとご発言されたこの重要なキーワードを、報道や解説のコメンタリーで見た覚えがありません。一般庶民にとって「外部不経済」という表現や概念が難し過ぎるという意図的の判断なのでしょうか。新しい資本主義のパーパスそのものに焦点を当てないことは、とても残念です。
「外部不経済の是非」を簡単に説明するならば、今までの新自由主義的な価値観が置き去りにしてきた環境や社会的課題を資本主義に取り込むことです。ESG(環境、社会、ガバナンス)を情報開示というステージから、より意図的にインパクトを測定して、ポジティブな目標を設定にするという、バージョンアップです。
以上のWHEREとWHATを合わせて考えれば、「新しい資本主義」の何であるWHATが見えてきます。それは、取り残さない包摂性ある資本主義、つまり、インクルーシブな資本主義です。「新しい」概念ではないかもしれません。しかし、これからの新しい時代の繁栄には極めて重要な資本主義の有り方だと思います。
この、WHERE、WHY、WHATを実際に実行するHOWが、実行計画案に表現されているという関係性に対する認識こそが、新しい資本主義への評価には必要だと思います。しかし、一般的に、報道されてコメンタリーが焦点を当てるところはHOWです。もちろん、実行できなければ意味がありません。ただWHERE、WHY、WHATをしっかりと認識した上でHOWに進めることが大事な思考的な順路です。HOWだけに焦点を当ててしまうと、「できない」という判断で思考が停止し、新しい時代が必要としている新しい課題解決が生じない可能性が高まるからです。
また、実行計画のHOWは様々な分野を網羅しなければならないため、結果的にWHATがピンボケに見えてしまう恐れがあります。私の理解では、実行計画が提言している様々な分野において一つの軸を通せば、それは「人的資本の向上」です。
「成長と分配の好循環」には主役が必要であります。誰が、この好循環をつくるのか。「人」以外ありません。また「外部不経済」をつくったのは「人」です。したがって、「外部不経済を是正」できるのも「人」しかいません。誰一人も取り残さないためには、一人ひとりの想いと一人ひとりの行いを合わせる融合が必要になります。
日本の資本主義の父といわれる渋沢栄一は、「一滴一滴が大河になる」という「合本主義」を提唱しました。この一滴とは、金銭的資本の滴だけではなく、人的資本の滴も含まれています。渋沢栄一が日本に資本主義が導入した理由とは、当時に新しい時代を切り拓く社会変革のためでした。現在の「新しい資本主義」も同じような社会変革の意気込みで、そのためのHOWの実行に期待したいところです。
と考えると、新しい資本主義は、もちろん国内を含む、グローバルな視野でHOWという実行が展開することが極めて重要です。「世界をリードしたい」、来年G7議長国として存在感を示したいと総理は意思表明されています。
そういう意味では、これもまた報道が注目していない個別分野の検討が実行計画の最終案に組み込まれました。「グローバルヘルス(国際保健)」分野への民間資金の呼び込みに向けて、健康投資・栄養対策等の取組事例の普及や投資インパクトの可視化を行うことです。グローバルヘルスとは新しい産業の成長戦略でもあり、日本の経済安全保障にも極めて重要な政策です。まさに、世界への「人への投資」であり、「成長と分配の好循環」のグローバル展開です。グローバル展開がなければ、日本の真の「成長と分配の好循環」が持続的に実現することはあり得ません。
そして、この「インパクト」こそが、今回の新しい資本主義の実行計画の最大な特長であると私は評価しています。同実行計画案の何か所で登場しますが、今まで日本政府がまとめてきた経済政策に「インパクト」という表現が掲載された事例の認識ありません。
このインパクトとは「経済的・社会的の課題解決を意図としながらも経済的リターンを要する」という考えであります。まさに、渋沢栄一の「論語と算盤」の現代意義です。そして、インパクトとして不可欠である「意図」を示すのが「測定」になります。つまり、企業のインパクトを測定し、且つ、目標を設定することによって、新しい資本主義における企業の新しい価値が可視化できるということです。もし、これが実現すれば、「新しい資本主義とは何か、意味がわからない」という声は、古い時代に留まっていると言わざるを得ません。