【QUICK 解説委員長 木村貴】米巨大IT(情報技術)企業に独占規制の逆風が吹いている。米司法省はアップルを反トラスト法(独占禁止法)に違反した疑いで提訴した。欧州連合(EU)は、巨大IT企業だけを狙った「超独占禁止法」ともいえる新たな規制、デジタル市場法の全面適用を始めた。独禁法に基づく規制や訴訟は、企業の成長や株価にどのような影響を及ぼすのだろうか。
米司法省の今回の提訴で、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)と呼ばれる巨大テック4社はすべて米当局と司法の場で争うことになる。EUの執行機関である欧州委員会は、デジタル市場法に違反した疑いでアルファベット(グーグル親会社)、メタ(旧フェイスブック)、アップルの3社について調査を始めた。
米司法省による提訴の直後、アップルの株価は大幅安となった。独禁法の目的は、不当な取引の制限などによって「自由競争を促進し、企業活動を活発にし、消費者の利益をまもること」(学研キッズネット)にあるとされる。そうだとすれば、訴訟は標的となった企業には一時打撃となっても、産業全体やその価値を映す株式市場にとっては良い影響を及ぼすように思える。しかし、果たしてそうだろうか。
マイクロソフト訴訟の真相
巨大テック企業に対する独禁訴訟の影響や背景を探るうえで参考になるのは、1990年代後半、米マイクロソフトが直面した訴訟だ。
米国で司法省と並ぶ独禁法の執行機関である連邦取引委員会(FTC)は1990年前半、4年間にわたりマイクロソフトの商慣行を調査したものの、独禁法違反の証拠を見つけられなかった。それにもかかわらず、司法省は独自に調査を始め、1998年に提訴に踏み切る。マイクロソフトの市場での支配力を弱めるためとして、同社の解体まで主張した。
争点の核心は、ブラウザー(ウェブ閲覧ソフト)の販売方法だった。司法省の主張によれば、マイクロソフトが基本ソフト(OS)「ウィンドウズ95」にブラウザー「インターネット・エクスプローラー(IE)」を無償で組み合わせ、パソコンメーカーに一括購入するよう強制しているのは、不正な抱き合わせ販売にあたる。これに対しマイクロソフトは、IEはウィンドウズの中核機能として統合されており、切り離すことができないと主張した。
ブラウザー市場で最大シェアを握っていたネットスケープ・コミュニケーションズをはじめ競合メーカーは、抱き合わせ販売のせいで市場から締め出されようとしているとして、マイクロソフトを批判していた。
しかし問題は、マイクロソフトの販売方法が本当に不正かどうかだ。同社はブラウザーを含む競合製品のインストールに関して、パソコンメーカーに外部から制約を課していない。デル、コンパック、ゲートウェイといった当時の大手をはじめとするパソコンメーカーは、もし望めば、ネットスケープの「ナビゲーター」であれ何であれ、他社のブラウザーを自由に組み込むことができた。したがって、マイクロソフトがウィンドウズにIEを組み込んだからといって、競合他社を物理的に締め出したわけではない。経済学者ドミニク・アルメンターノ氏は「ネットスケープのブラウザーは、市場から不当に締め出されたり排除されたりしなかった」と指摘する。
マイクロソフトの販売方法によってネットスケープの市場シェアは下がったかもしれないが、それは必ずしも不正を意味しない。もし消費者がウィンドウズとIEの一体化を好むなら、他社のブラウザーへの需要は減るだろうし、マイクロソフトの売り上げは増え、他社の売り上げは減るだろう。だが消費者のこうした選択は、独禁当局の主張とは違い、競争を縮小させたり経済活動を妨げたりはしない。むしろ企業が他社のビジネスを奪えば競争は拡大するし、OSにブラウザーを一体化したほうが利用者の効率を高めるのであれば経済活動は活発になる。
2001年にマイクロソフトは司法省と和解し、解体は免れたものの、訴訟に多大な資金と時間を費やした。勝訴できなかったことが影響し、欧州や韓国ではウィンドウズから動画再生ソフトやインスタントメッセンジャーを取り除いたバージョンをわざわざ販売することになり、重い負担が生じた。お金や時間を生産的な仕事に充てていれば、消費者の利益はもっと高まったはずだし、マイクロソフトの企業価値も高まっただろう。
競合企業の「陰謀」
マイクロソフトが不当に市場を支配しているという司法省の主張が誤りだったとすれば、そもそもこの訴訟はなぜ起こったのだろうか。それには舞台裏の事情があった。
米ジャーナリスト、ジョン・ハイルマン氏が2001年に出版した著書によれば、マイクロソフトに対する司法省の独禁訴訟は、ネットスケープ、サン・マイクロシステムズ、ノベル、アップルといった競合企業による米政府へのロビー活動の結果、起こされたものだった。
競合企業は1997年8月、カリフォルニア州シリコンバレーで、ノベルが本社を構えるユタ州選出のオリン・ハッチ上院議員や上院司法委員会の職員、広報専門家らを交え、2日間にわたる会合を開いた。その結果決まったのは、およそ300万ドルを投じて有名大学の経済学者らを顧問に雇い、マイクロソフトに対する訴訟をでっち上げ、司法省に売り込むという計画だ。計画はきわめて「政治的に機微」だとして極秘のうちに進められた。万が一、真相が世間に漏れれば、マイクロソフトを苦しめるための訴訟に政治的な支持を集めるのが難しくなるからだ。ある参加者は「これについては妻にさえ話していない」と語ったという。
米シンクタンク、ミーゼス研究所の所長で経済学者のトーマス・ディロレンゾ氏は、マイクロソフトに対する訴訟を政府に起こさせた競合企業の「陰謀」について、こうコメントする。「つまりこの訴訟は、公認のプロパガンダとは異なり、政府が強引な独占企業から消費者を守ろうとしたのではない。不正な秘密のトリックであり、それを仕組んだのはマイクロソフトをねたむ競合企業だったのである」
政府介入の弊害
かつてマイクロソフトを陥れる陰謀に加担したとされるアップルが現在、独禁訴訟に直面するのは、皮肉な巡り合わせというべきだろうか。今回の訴訟の背景は不明だが、生き馬の目を抜くIT業界のことだ。消費者を守るという大義名分の陰に、アップルを追い落とそうとする生々しい思惑があっても不思議ではない。
米司法省は訴状で、アップルがスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」のサービスで犯したという「大罪」を示した。「(多様なサービスを提供する)革新的なスーパーアプリをブロック」「ゲームなどのクラウドサービスを抑圧」「他社の対話アプリを排除」などだ。しかし日本経済新聞が指摘するように、すでにアップルで対応済みの問題が多いし、そもそも利用者がiPhoneのサービスに我慢ならないなら、アンドロイドなど他の機種に乗り換えればいい。政府が介入する必要はない。
政府に強制されることによって、企業が対応を急ぎ、特定のサービスが向上することはあるだろう。けれどもその対応に優先して時間や資金を割く結果、消費者をもっと満足させたかもしれない、他のサービスの開発・販売が後回しになりかねない。政府介入の弊害だ。経営課題の優先順位は会社自身が決めるべきであって、政府が決めたら自由な資本主義とはいえない。
独禁規制は自由な市場経済を守るために必要だと、私たちは学校で教わってきた。けれどももし、実際には自由競争を促進せず、むしろ妨げるものだとすれば、株式市場にも良い影響はないだろう。GAFAは日本の投資家にも人気が高いだけに、訴訟の標的となったことが株価の重しにならないか気がかりだ。