【QUICK 解説委員長 木村貴】ここ数年、世界の未来は暗いという著名人の発言が目立つ。その原因は資本主義にあるらしい。
スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんは「絶滅に向かっているのに、経済成長のおとぎ話ばかり」と怒り、ローマ教皇フランシスコは現在の資本主義や市場経済が格差の拡大につながっていると批判する。経済思想家の斎藤幸平氏によれば、経済成長が進み、技術革新も進み、みんなが豊かで便利になるという「資本主義のストーリー」は「もはや若い人々にはまったく響いていない」といい、経済アナリストの森永卓郎氏は昨年のインタビューで「資本主義はあと2年でダメになる」と語っている。
もし資本主義がまもなくダメになるのなら、資本市場の情報インフラを担う筆者の勤め先の将来も、筆者自身の生活も、はなはだ心細いことになる。本当ならあきらめるしかないが、冷静に考えると、そうは思えない。
貧困は減り、自然環境は改善
米シンクタンク、ケイト―研究所が運営するウェブサイト「ヒューマンプログレス(人間の進歩)」によれば、近代資本主義が発展した産業革命以来の200年で、人々の暮らしは急速に豊かになった。
世界経済の規模は100倍以上に成長し、世界総生産は121兆ドルになった。年平均2.8%の成長を維持できれば、2100年までにほぼ10倍に増加して1100兆ドルになる見通しだ。
貧困は減っている。200年前、世界人口の80%以上が極度の貧困の中で暮らしていた。今日、その比率は9%未満だ。とりわけグローバル資本主義が拡大した1980年代以降、貧困削減のペースは大幅に加速している。このペースを維持できれば、国連が掲げる、2030年までにあらゆる場所で極度の貧困を終わらせるという目標も達成できるかもしれない。
その一方で天然資源は、悲観的な予測に反して、時間の経過とともに豊富で安価になっている。エネルギー、食品、素材、金属を含む50の基本商品について1980~2017年の価格の変化を調べたところ、インフレ調整後で43品目が値下がりし、2品目が横ばい、値上がりしたのは5品目のみだった。平均して50品目の実質価格は36.3%下落した。
米スタンフォード大学の生物学者ポール・エーリック氏は1968年の著書「人口が爆発する!」で、人口過剰と過剰消費が資源の枯渇と地球規模の大惨事につながると警告した。エーリック氏の心配は今のところ杞憂に終わっているようだ。むしろ需要の多い資源は採掘が活発になるため、時間が経つにつれて供給が増えやすい。
意外なことに、自然環境も改善している。1982~2016年の間に世界の森林面積が224万平方キロ増加した。日本の面積の約6倍にあたる。熱帯での減少を温帯、亜熱帯、寒帯での増加でカバーしている。また、気候温暖化により高い山に木が生えるようになり、山岳地帯の森林が拡大している。
ロシアの西側部分を含む欧州の森林面積は35%増加し、全大陸の中で最大の増加となっている。その増加の多くは、ソ連崩壊後の東欧で増えた、放棄された農地への自然植林によるものとみられる。中国の森林面積は34%、米国は15%増加した。
ケイトー研究所のマリアン・テューピー主任研究員らは「森林地帯の拡大は、人類が(都市生活に向かい)自然界から撤退し始めたことを示唆している。その結果、他の生物種が回復し、繁栄する余地が広がることになる」とコメントしている。
テクノロジーが原動力に
こうした改善のトレンドは今後も続くとみられる。その原動力となるのは新たなテクノロジーだ。航空会社は、温暖化をもたらすとされる飛行機雲の発生を避けるルートを選択するため、人工知能(AI)の利用に取り組んでいる。AIは、野生動物の保護を目的とした監視や、水質汚染の防止、リサイクルのためのごみの分別作業にも活用されている。
ドローン(小型無人機)も重要な技術の一つだ。商品の配達だけでなく、農地の除草、森林の再生事業などにも活用分野が広がってきた。空だけでなく、海でもヨット型ドローンが海洋地図作成や環境データ調査に能力を発揮している。
資本主義は貧困や格差、環境破壊を引き起こしたとして批判される。しかし実際には、すでに見たように、資本主義の下で貧困は大幅に減少しているし、環境も改善している。格差についても、グローバル資本主義の下で非欧米諸国が経済成長を加速させるにつれ、世界の所得格差は1950年代から着実に縮小し始めている。
これらの改善は、自由な資本主義経済や、それが可能にした実用的なテクノロジーの発展によってもたらされたものだ。資本主義を批判する人たちは、税による富の再分配や政府の画一的な規制によって問題を解決しようとしがちだが、そうしたやり方は経済の活力を奪うデメリットがある。市場経済の柔軟な対応力に任せたほうが、うまくいく。投資家は、問題解決に取り組む企業に投資することで、その活動を応援することができる。
ニュースにならない地味な向上
それにしても、統計からは資本主義の下で世界が着実に良くなっていることは一目瞭然なのに、なぜ資本主義を否定する主張がもてはやされるのだろうか。ヒューマンプログレスは「否定的な見出しは(記事の)クリック数を増やす」という傾向に加え、「統計は世界を正しく理解するために不可欠だが、逸話のほうが説得力があると感じる人も多い」からだと指摘する。一方、資本主義による経済や生活の向上は着実だが、地味でニュースになりにくい。
世界中の人々が悲観論に惑わされ、資本主義を否定するような政権・政策をこぞって支持しない限り、グローバル資本主義による「静かな革命」はこれからも続き、世の中を良くしていくだろう。世界経済の未来は明るい。
AIブームに沸く米国や日本の株式相場は、金融緩和政策によって押し上げられた分、当面は金利上昇による下落リスクがぬぐえない。だが長期では、2000年にインターネット・バブルがはじけた後、アマゾン・ドット・コムなど実力のある企業がたくましく成長したように、問題解決能力に優れたテクノロジー企業が選別され、マーケットを牽引していくだろう。
今から45年前会社の調査部門に席を置くことになりました。当時石油の可採年数は30年と言われてました。上司から文献は健全な懐疑主義を持って読むよう指導されました。データの信頼性、別の解釈は可能か、思索を深めず表現に逃げていないか、といったことです。言論は自由に供給されるべきです。消費者がいかに賢く食するかですね。