【QUICK 解説委員長 木村貴】金(ゴールド)が買われている。国際価格は初めて1トロイオンス2400ドルを一時突破し、国内小売価格も最高値を付けた。市場では「中東情勢の緊迫で安全資産とされる金を買う動きが高まった」などと解説されている。
短期の要因はそうかもしれない。しかし、中東が緊迫する前から長期で金価格を押し上げ、これからも押し上げる可能性があるのは、別の根深い要因だ。
お金は市場で生まれた
金や銀には、一般の金属、原油・ガス、農畜産物など他の商品にはない特色がある。それは近代に至るまで、お金(マネー)として広く利用されていたことだ。古代には貝や布などもお金として使われていたが、やがて金と銀だけが残った。
金がお金として愛用されるようになったのは、①希少性が高い②美しい光沢をもつ③小さく分けて持ち運びしやすい④さびや腐食に強い――といった特徴があるからだ。それに加え、ビットコインのような暗号資産(仮装通貨)とは違い、美術品の材料や宝飾品といった実用に使われてきた長い歴史がある。
金はこうした特色が人々に好まれ、延べ棒や金貨の形で、お金として使われるようになっていった。つまり、政府・中央銀行がお金の発行を独占する現代ではすっかり忘れられているけれども、お金とはもともと、政府が法律で作り出したものではなく、市場で自然発生的に生まれたものなのだ。
市場で生まれた金融制度の下では、金や銀、あるいはそれらを担保とした証書がお金として流通していた。金貨や銀貨を鋳造したのは多くの民間業者だ。現代人は「お金の発行を民間業者に任せて大丈夫?」と心配するかもしれない。たしかに、金貨の目方や品質をごまかして儲ける悪徳業者は時々いただろう。しかし悪事がばれた業者は評判を失い、市場から淘汰されるから、長い目でみれば金融市場が混乱することはなかった。
政府の介入が招いた混乱
混乱し始めるのは、政府がお金に介入するようになってからだ。米経済学者ウォルター・ブロック氏の著書(橘玲氏訳「不道徳な経済学」)を参考に、政府がお金への介入を強めていくステップをたどってみよう。なお各ステップは説明の都合上、厳密に時系列に沿ってはいない。
ステップ1は、金貨の鋳造の独占だ。「金貨の鋳造は主権の領域であり、どこの馬の骨ともわからない民間業者にこのような重要な仕事を任せておくことはできない」と主張した。ステップ2は、金貨の価値の引き下げだ。金貨に他の金属をこっそり混ぜ、水増しした。ステップ3は、金貨に含まれる金の分量には関係なく、額面によって流通し、取引されるような法律を制定した。政府によって水増しされたお金を無理やり受け取らせる狙いだ。ステップ4として、政府は貴金属として価値のないコインをお金として製造し始めた。
そしてステップ5で、政府はコインよりも簡単に製造できるお札を印刷し始めた。お札は一定量の金と交換できる約束になっているが、発行が増えすぎると、金が足りなくなり、約束を守れなくなる。
それは実際に起こった。米国は1971年8月、ベトナム戦争や福祉政策に充てるため大量に発行したドルを金と交換することができなくなり、交換を停止した。ニクソン・ショックと呼ばれる。これ以降、米中央銀行の連邦準備理事会(FRB)は、金の縛りから解放され、ドルを際限なく発行できるようになった。金との交換が義務づけられたお札を「兌換(だかん)紙幣」と呼ぶのに対し、今のお札は交換できず、「不換紙幣」という。便利に思えるかもしれないが、あとでみるように、これは大きな問題を引き起こす。
ステップ6で、政府は銀行預金を支配下に組み込んだ。近代の貨幣経済では、現金(紙幣とコイン)以上に、銀行預金がお金として大きな役割を果たす。政府は中央銀行を設立し、紙幣の独占発行権と、金融市場を操作するさまざまな手段(政策金利の決定、国債の売買、民間銀行への貸し付けなど)を与え、さらに大規模にお金を増やせるようにした。
政府の経済介入を批判するオーストリア学派の経済学者であるブロック氏は、政府・中央銀行が作り出すお金を「ニセ札」と呼ぶ。供給量が限られ希少性のある金と違い、自由にいくらでも作り出すことができ、その意味で、民間の犯罪者が製造するニセ札と変わらないからだ。同氏は「受け入れがたいかもしれないが、あらゆる国家が本物のお金(金や銀)のニセモノをつくっている」と大胆に言い切る。
約7割失われた円の価値
「ニセ札」と呼ぶかどうかはともかく、いくらでも自由に作り出すことのできる現代のお金が、問題を抱えているのは間違いない。最大の問題はインフレだ。
新たに発行されたお金が市場で品物を買うのに使われると、品物の値段は競り上げられる。市場に出回るお金の総量が増えると、品物によって程度は異なるものの、物価は全般に上昇する。これがインフレだ。
政府・中央銀行が紙幣発行を独占し、不換紙幣を発行すると、インフレになりやすい。お金を製造するほうが、人々に嫌がられる税金でお金を集めるよりもたやすいからだ。建前上、中央銀行は政府から独立しているから、作ったお金をそのまま政府に渡すことはしない。政府が発行した国債を市場で購入する形をとる。その結果、お金の発行量が増えるとともに、多額の国債残高、つまり国の借金の山が積み上がる。日本や米国の現実の姿だ。
お金の量が増えた結果、物価が上昇する。これはお金の品物を買う力(購買力)、つまりお金の価値が低下することを意味する。人々は、持っているお金の価値が下がるから、その分だけ貧しくなる。
お金の価値の低下は、短期間ではわずかでも、長期間積み重なると影響は大きい。ニクソン・ショックから現在までの半世紀余りで、ドルの価値は87%低下した。日本円の価値は同期間に69%失われた。経済学の教科書では、お金の役割の一つとして「価値の保存」があげられるが、政府が製造する不換紙幣は、その役割を満足に果たしているとはいえない。
一方、かつてお金として親しまれた金は不換紙幣と違い、政府が勝手に作り出すことはできないから、価値が大きく目減りする恐れはない。多くの人がドルや円を手放し、金を購入しているのはこのためだ。金が買われる本当の理由は、不換紙幣に対する信頼の揺らぎにある。米経済評論家ピーター・シフ氏は「インフレは拡大し続けている。だから金が値上がりしているのだ」と指摘する。
日銀はマイナス金利を解除したものの、通貨供給量と呼ばれるお金の量そのものは増やし続けている。これでは円の価値低下に歯止めはかからない。インフレ政策をやめ、不換紙幣に対する不信をぬぐい去らない限り、人々の金への逃避は続くだろう。
自分も同じ事を考えていました。仮想通貨の登場で通貨を誰もが発行出来るようになった。国の発行する通貨だけが特別なものであるという思い込みが薄れていく過程にあると思う。なので通貨全体の価値が下がってると思う。結果として物価もゴールドも株も通貨という物差しで測ると上昇して見える。