【QUICK解説委員長 木村貴】日銀の政策変更や急激な円安など、「お金」にまつわるニュースが相次いでいる。そもそもお金とは何か、その基本のキについてあらためて考えてみよう。
あなたが絶海の孤島に流れ着いたとしよう。あたりには自分1人しかいない。この状況で、お金は必要だろうか。
独りぼっちの島で金貨の値打ちは…
「経験者」がいるので、どうだったか教えてもらおう。その人の名は、ロビンソン・クルーソー。英作家ダニエル・デフォーが実話に刺激されて創作した、同名の小説の主人公だ。船乗りだったが、乗った船が難破し、無人島に漂着する。
ロビンソンは島でいかだを作って、座礁した船まで役立ちそうな物を取りに戻る。あるとき、戸棚の中から、ナイフやフォークなどのほか、金貨や銀貨の山を見つけた。このお金を見て、ロビンソンは一人で笑い、「こりゃ一文にもならないよ」と声を出して言った。そしてこう続けた。
「なんの役にたつっていうんだ。わたしにゃ無価値だから、地面から拾いあげるまでもない。このナイフ1本のほうが、この金(かね)の山ぜんぶより値打ちがあるよ。じぶんにゃ使い道がない。救いようもないんだから、そこにいて海の底に行っちまえ」(増田義郎訳)
考え直してお金を島に持ち帰ってはみたものの、やっぱり役に立たなかった。ロビンソンはお金のすべてを、カブやニンジンの種、一握りのエンドウ豆やインゲン豆やインクつぼと換えてやってもいいとさえ思う。「いまの状態では、わたしは金があってもまったく役に立たないし、なんの利益にもならなかった。(略)使い道がないので、わたしにはなんの価値もなかったのである」
ロビンソンが繰り返し語っているように、無人島で独りぼっちだったら、お金は使い道がない。つまり必要ない。どうしてかといえば、お金と引き換えにほしい物を譲ってくれる人がいないからだ。
お金とは交換に役立つ商品
それでは、あなたが島の反対側に、もう1人流れ着いた人を見つけたとしよう。当初、あなたと相手はそれぞれ自給自足しているが、やがて品物を交換し合うようになるだろう。あなたは、たとえば魚を、自分が必要とする以上につかまえて、余った分を相手に渡し、相手は、たとえば木の実を、自分が必要とする以上に採って、余った分をあなたに渡す。交換によってどちらも得をする。もし得をしないのなら、そもそも交換しないはずだ。このように、品物と品物を直接交換する取引を物々交換という。
ところが、そのうちあなたは、自分が使うつもりのない品物を喜んで受け取るようになるはずだ。たとえば、あなたは魚の干物を持っていて、干し柿がほしい。一方、2番目の住人は干し柿を持っているが、干物はほしくない。ほしいのはお米だ。そこであなたは、田んぼでお米を作っていて干物がほしい3番目の住人を訪ね、自分の干物を相手のお米と交換する。そして2番目の住人のところに戻り、お米と交換で干し柿を手に入れる。
これが間接交換の始まりだ。間接交換とは、使いたい物を交換で直接手に入れるのではなく、まず自分自身では使うつもりのない物(さきほどの例ではお米)を手に入れ、ワンクッションおいて目的の物(干し柿)と交換することをいう。
やがてお米作りの住人を訪ねてくる人が、しだいに増えてくる。この頃、テレビドラマ「LOST」(ロスト)のように、島に旅客機が不時着し、新たに数十人が暮らすようになっていた。人々は島で物々交換をしながら暮らすうちに、自分がほしいものを手に入れるためには、お米を利用するのが便利だということに気づき、手持ちのお米を増やそうと考えたのだ。
お米は交換の手段に適していた。日持ちがする。どの米粒も品質がほぼ均等だ。小分けにできるし、袋に入れれば持ち運びもしやすい。そして何より、食用になるという価値がある。
こうして島のあらゆる人が、お米を交換の手段として利用するようになった。このとき、お米はお金になったといえる。もちろん食べることもできるけれども、メインの用途はお金だ。それは物々交換から生まれた。
お金とは何か、もうわかっただろう。それは、交換に役立つ商品のことだ。お金は本来、市場で取引される他の品物と同じく、商品なのだ。普通の商品との違いは、将来何か別の物と交換するつもりで受け取るかどうかにある。独りぼっちの島では、お米は食用には使えても、お金としては使い道がない。交換する相手がいないからだ。
お金は誰かの命令では決まらない
ここまでの説明で、重要なことに気づいたと思う。お金は日々の経済活動を通じて、さまざまな商品の中から人々に選ばれるということだ。逆にいえば、お金は誰かの命令では決まらない。
たとえば、島で魚の干物を作って暮らすあなたが王様になり、「今日から干物をお金とする!」と命令したからといって、思いどおりにはならないだろう。干物はある程度日持ちはするものの、形や大きさがまちまちだし、小分けにもしにくい。人々はお米のほうがやっぱり便利だと感じ、お米をお金として使い続けるに違いない。それでもあなたが干物の利用を強制すれば、島の人々の生活は不便になり、豊かな暮らしを築けなくなるだろう。
現代のお金は政府の法律、つまり命令によって決まっている。これはお金本来のあり方に反する。インフレをはじめとする経済問題の多くは、この不自然なお金のあり方から生じているのだが、詳しい説明は別の機会に譲り、お金の本質を解き明かしたオーストリアの経済学者カール・メンガーの言葉を紹介しておこう。「お金は法律によって生み出されたものではない。その起源において、お金は社会的なものであり、国家の制度ではない。国家権力による認可は、お金とは無縁の概念だ」
今回は架空の島を舞台にした思考実験によって、お金の起源を明らかにした。島は架空の存在でも、そこでたどった、お金が物々交換から生まれる過程はごく自然で、無理なく理解できたはずだ。
タバコやラーメンがお金に
これに対し「古代の社会を研究しても、物々交換からお金が生まれたという証拠は見つからない」という反論がある。そもそも経済活動について残された資料の少ない古代を調べても、見つからないのは当然だ。お金が物々交換から生まれた証拠は、わざわざ大昔までさかのぼって探す必要はない。
第二次世界大戦中、アフリカのリビアにあったドイツ軍の捕虜収容所では、捕虜たちの間で配給や仕送りで届くさまざまな商品の物々交換が始まり、やがてタバコがお金の役割を果たすようになった。タバコは比較的質が均一で、耐久性があることに加えて、小規模の取引では本数単位で、大規模の取引では箱単位で支払いができるという利点を備えていた。
また2016年の学術報告書によれば、米国の刑務所で服役者の物々交換に使われる主役に、従来のタバコに代わり、即席ラーメンが選ばれるようになった。監房のベッド清掃や洗濯のサービス、他の食料品などを入手するための手段として使われているという。米CNNの報道によると、実態を調査した社会学者はラーメンを「闇通貨」と表現している。
現代の刑務所の塀の中ではタバコやラーメンがお金として人気を集めるが、近代の一般社会では別のものがお金として輝きを放った。次回説明しよう。