メキシコペソは新興国通貨の勝ち組。ボラティリティーの高い新興国通貨の中で上昇が目立つ。中央銀行の金融引き締めにもかかわらず、依然安値近辺で推移するトルコリラと対照的だ。メキシコペソの対ドル相場は先週後半の取引で1ドル=16.7ペソ台に上昇。2021年4月にはじまる上昇基調の継続を印象付けた。歴史的な円下落も寄与し対円相場は大幅上昇。2020年4月につけた最安値1ペソ=4円20銭台から9円30銭近辺まで上がり、通貨価値は2倍超になった。
今月5日。米ロサンゼルス全域にメキシコの民族音楽が鳴り響いた。メキシコ軍がフランス軍を撃退した1862年のブエブラの会戦の記念日「シンコ・デ・マヨ」。メキシコの連邦祝日ではないものの、米国に住むメキシコ人にとって非公式の祝日だ。ピュー・リサーチ・センターによると、2022年時点でメキシコ系米国人の人口は3740万人。テキサス州とカリフォルニア州に特に多い。国勢調査局の統計では359万人がロサンゼルスに居住、スペイン語が事実上の「第2の公用語」になっている。統計に含まれないメキシコ人も相当数いるとみられる。市内にはメキシコ系スーパーが多数。送金できる「プロスペラ」などが窓口を構え、家族らに仕送りするメキシコ人が次々と訪れる。
「仕送り」がメキシコペソの底堅さの背景と幅広く指摘される。米国に住むメキシコ人の昨年の送金総額は前年比7.6%増の633億ドル(約9兆8700億円)と過去最高。BBVAリサーチによると、送金額は10年連続で増加、送金の99%は米国からの送金だった。英フィナンシャル・タイムズ紙は、米国に住むメキシコ人の送金額がメキシコ連邦政府予算の20%に達したと報じた。「仕送りの洪水」が新興国通貨で最強の通貨の1つであるメキシコペソを支え、ロペスオブラドール大統領は「仕送りで生活が改善し貧困率が低下した」と歓迎、投資家も好感しているとしている。
高い金利水準もメキシコペソ高の背景だ。メキシコ銀行(中央銀行)は3月に政策金利を0.25%引き下げたものの、5月9日の金融政策決定会合では政策金利を11.0%で据え置いた。インフレ率目標3%の達成は2025年10~12月期になると予想、従来の見通しを2四半期後ずれさせた。メキシコの4月の消費者物価指数は前年同月比4.65%上昇と、3月の4.42%から伸びが加速。メキシコ中銀の目標を引き続き上回った。メキシコ・ニュース・デイリーは、米国との金利格差が長期にわたりメキシコペソを押し上げていると報じた。米連邦準備理事会(FRB)の政策金利は5.25~5.50%。政策金利で比較するとメキシコの方が5%超高く投資妙味があり、キャリー取引の行き先になりやすい。
米中の対立と条件付きで関税をゼロにする「米国・メキシコ・カナダ協定」を背景に、外国企業のメキシコへの投資は加速。パンデミック(疾病の世界的流行)期のサプライチェーンの混乱を受け、米国の近くに生産拠点を置く「ニアショアリング」の拡大も寄与している。自動車をはじめ製造業各社のメキシコ進出が相次いだ。昨年の対メキシコ直接投資は360億ドル(約5兆6200億円)を超えた。米国企業は投資する際、ドルを売りメキシコペソを買う。
ブルームバーグ通信は、メキシコペソは非常に強く、投資家はペソ売りに恐怖を抱いていると伝えた。巨額の仕送りとニアショアリングが下支え。低い金利の通貨で調達した資金を高い金利の金融資産に投資するキャリー取引がメキシコペソを押し上げる。日米金利格差や日本企業と個人の対外投資の拡大などが円安を招くのと逆の構図。メキシコペソの上昇基調は当面続くとの見方は多い。ドル高地合いの外国為替市場でメキシコペソは勝ち組になったが、死角はないのか。ドルを持つ米国に住むメキシコ人の仕送りの受け取り額はメキシコペソ高で目減りしている。6月2日投開票のメキシコ大統領選は与党候補が優勢だが、11月の米大統領選でトランプ前大統領が復権する場合は、メキシコに厳しい政策を導入する可能性を排除できない。
(このコラムは原則、毎週1回配信します)
福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。