投資に必勝法などはなく、ミスを極限まで減らすことこそ勝利への近道。その鉄則に忠実に従い、相場の荒波を乗り越えてきたのが外国為替ディーラーのバート若林こと若林徳広・ステート・ストリート銀行東京支店長だ。若林氏は「相場観を間違えてもすぐに気づけば十分立て直せる」と指摘し、そのうえで「流動性」の大切さを訴える。「トルコリラのように相対的に流動性が低い通貨には手を出さぬ割り切りも必要」と説く。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今 晶】
若林徳広(わかばやし・とくひろ)氏
東京都出身。セント・メリーズ・カレッジ・オブ・カリフォルニアを卒業後、東京で外国為替のキャリアをスタート。以後トロントやシドニー、香港で勤務した後、2000年にステート・ストリート銀行に入行し東京支店の金融市場部部長や香港支店の外国為替営業部長を経て現在にいたる
■どんな荒れ相場でも変わり身早く
プロとして生き延びてきた人はともかくミスをしない。ミスをしないとは、相場観やポジショニングを間違わないとの意味ではない。誤解を恐れずにいえば変わり身の早さだ。読みが外れてもすばやく気持ちを切り替えて流れに乗り、相場が上げても下げても収益を得る。トライ・アンド・エラーを続け、経験を積んでミスを防げば収益拡大の好機はいずれ訪れる。
2008年のリーマン・ショックや12年にかけてのギリシャ危機、16年の英欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)決定と米大統領選でのトランプ氏当選後など金融市場が大荒れとなった時期を最前線の為替ディーラーとして過ごしてきた。相場が激しく動いているときはどこが適正水準かの見極めはほぼ不可能だ。それでも顧客や他のディーラーから価格提示を求められたらレートを出さなければならない。そんな中でミスなく注文をさばいていく力を付けていった。
若いころに野球をしていたので、1つのミスが試合全体に及ぼす悪影響の大きさは身にしみている。相場も、利害が異なる多数の参加者がせめぎ合うスポーツのようなものだ。ミスばかりしていては絶対に勝てない。
電子トレーディングシステム(EBS)が普及するまでは人間のブローカーがスピーカー経由で流す声を聞き、専用回線を通じてトレーダーとブローカーが取引していた。ブローカーの声色から大量の注文が入っているのか相場が荒れているのか、商いが厚いのか薄いのかだいたい推測できた。一方、デジタル全盛のいまは値段をコンピューターのモニター画面で見る時代。無機質な数字には感情がこもらない。相場の風向きを把握するのは難しくなっている。
足元ではコンプライアンス(法令順守)の制約もある。ディールはどうしても守りに入りがちだが、ミスの原因を減らして変化に対する感度を高められれば優位にたてる。
■トルコリラ急落は起こるべくして起きた
アルゴリズムなどの高速取引が存在感を増している。機械がひとたび反応するとごく短い時間で巨額のお金が行き来し、相場の振れが大きくなりやすい。
ここで重要なのが取引の自由度をあらわす「流動性」だ。流動性が低いと市場の混乱時に機動的な持ち高調整が難しく、思わぬ損失につながりかねない。流動性が乏しかったら手を出さないぐらいの割り切りがあっていいと思う。
8月にかけて急落したトルコリラにも同じことが言える。主要20カ国・地域(G20)メンバーでもあるトルコの市場規模はかなり大きく、リラの平時の流動性は問題ない。ただ先進国通貨に比べると足の速い投機資金の割合が高い。いざというときの流動性はだいぶ下がると考えられる。少なくとも相場が一定期間、一方向に振れ続けているときは急激な反動のリスクを意識すべきだ。
日本では低金利環境が長引いているため、トルコリラのような金利の高い通貨の需要は根強い。外為証拠金(FX)投資家を中心に持ち高は円売り・リラ買いに傾いてくる。半面、そのことを海外勢はよく知っていて、損失覚悟のリラ売りを行使させようと攻めてくる。流動性の問題と持ち高の偏り。7~8月にかけてのリラ安加速は起こるべくして起きたのだろう。
バブルやその崩壊時期の見分け方についての研究はまだ進んでいないが、場数を踏んだ金融機関は傷を最小限に抑えるためのノウハウを蓄積している。収益を上げるには、ある程度はリスクをとって動かざるを得ない。ここでも、いかにミスを減らすかの重要性が強調されているはずだ。(随時掲載)