インターネットや電子取引が未発達で市場規模も小さかった1980~90年代の激動の時期を現場で過ごした外国為替や金利のディーラーがまず強調するのは、市場の厚みや自由度を示す「流動性」だ。自由に取引できない環境でのディーリングは確実に成功率が下がる。日本興業銀行(現みずほ銀行)でドイツマルク(現ユーロ)の名ディーラーだった角田秀三氏は「基軸通貨のドルでも、流動性を失う危険を感じたら取引を止める割り切りが必要」と指摘する。【聞き手は日経QUICKニュース(NQN)編集委員=今 晶】
角田秀三(かくた・しゅうぞう)氏
1977年に神戸大経済学部を卒業後、興銀に入行。82年にニューヨーク支店で為替ディーラーのキャリアを始め、いったん東京に戻った後、今度はチーフディーラーとしてニューヨークに渡る。帰国後は東京の金融法人部で公的年金やその他機関投資家の営業業務に就き、京都支店副支店長の在任時に為替ディーラーの専門職に転じた。英バークレイズ銀行などを経て現在は企業や投資顧問会社のアドバイザーとして為替情報や見通しを提供する
■一にも二にも流動性
ドルは世界の基軸通貨なのでいつでも自由に売り買いできると考えがちだが、決してそんなことはない。記憶に残る範囲でドルの流動性リスクが最も高かったのは2001年9月11日以降の数日間。米国の金融センターであるニューヨークを突如襲った同時多発テロに対する市場参加者の動揺は大きく、決済システム自体は健在だったにもかかわらずドル絡みの取引はすっかり凍りついた。
それ以外にも1985年のプラザ合意後に円高・ドル安が進む過程で、円相場が1ドル=200円の重要な節目を越えていく時もかなり不安定だった。相場の動きが速すぎてブローカー(仲介業者)などの現場は混乱し、正しいレートを見いだしにくかった。例えば199円で円売り・ドル買い注文が控えていたのに、ブローカーによっては1円以上も円高の198円で取引が成立するといった具合だ。
流動性の乏しい市場にあえて参入し、収益機会を増やしていく戦略もありだとは思う。だがリスクをきちんと管理できる体制になっていることが前提だ。米ドルでさえ状況次第では流動性がなくなりかねないのだから、新興国通貨の危うさは推して知るべし。そんな意識をもって慎重に臨むべきだろう。
■「泣く子と中央銀行には勝てず」
平時は政府・中央銀行の動きにまず目配りしなければならない。金融・財政政策でマクロ経済の方向性を決めるだけでなく、為替レートが自国に不利とみればためらいなく介入してくる。かつては「泣く子と中銀には勝てず」といった。ドイツマルクの取引ではブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)には絶対に歯向かってはいけなかった。
現在は貿易摩擦の影響で主要国では為替介入が難しくなってきたし、昔に比べると市場規模がかなり大きいために介入効果は生じにくいとの指摘が出ている。それでも必要であれば介入に踏み切るのは、通貨当局の責務だ。政府・日銀や欧州中央銀行(ECB)がしばらく介入していないのは、できなかったのではなく、相場水準に特に問題がなかったからだと理解すべきだ。
幕末の志士、坂本龍馬が著した「船中八策」には「金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事」と書かれている。貿易収支や物価の安定における為替レートの重要性は現代日本でも変わらない。「中銀には逆らうな」の教訓は今も生きている。
■中長期予想は「推進力」で判断
長めの予想をたてる際には、その根拠に相場を揺さぶるほどの推進力があるか否か吟味していく。円相場なら直近5円程度のレンジをどちらかに抜けられる材料を見いだせるのか。足元では米景気1強論や米利上げ観測、世界経済の先行き不透明感といった要素があるものの円は結局1ドル=110~115円のレンジにとどまっている。どちらの材料にも推進力がないと受け取れる。
19年は物価の基調を注視していきたいと考えている。日本では日銀の異次元緩和政策がこれだけ続いていてもインフレ率はなかなか上向かない。しかも中国景気の減速懸念などから原油相場に下落圧力がかかり、原油輸入国の日本の物価上昇を抑える。これらから導き出せるトレンドは円高だろう。
金利差は距離を置いて考えるべきだ。為替相場の変動率は金利よりも高いことが多い。もし不利な方向に一本調子で振れたときは利息収益があっさりパーになってしまう。
1980~90年代の主要銀行の外為ディーラーは互いを直接電話で呼び出す「ダイレクト・ディーリング(DD)」にいそしんだ。ドイツマルクの取引では米バンカース・トラスト(現ドイツ銀行)と富士銀行(現みずほ銀行)、興銀、住友銀行(現三井住友銀行)やモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)といったそうそうたるメンバーで、相場観を間違えると大損しかねない、果たし合いにも似た荒っぽい時代をすごしてきた。金利はあまり関係なかった。
その状況を今に当てはめることはできないが、為替には理屈抜きの局面がしばしば起こる。1つの要因にこだわらず、バランス良く判断していかなければならない時代だろう。
(随時掲載)